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「お邪魔しまーす」
鍵を開けたままにしておいてくれていた清一の家のドアを開け、勝手知ったる家の中に入ると、鍵をかけてから二階へ上がって行った。家の人は相変わらず誰もおらず、清一の部屋からちょっと物音がするくらいだ。
清一の部屋のドアの前に立ち、ドアを叩く。「どうぞ」と答える声を確認してから俺は部屋の中に入った。
「そういうとこ、律儀だよな」
黒いジャージ姿で、床に座る清一が俺を見上げながらクスッと笑った。
「勝手に入って、ヤバイとこだったらお互い嫌だろ?」
「変な心配すんのな、充は」
自分がされて嫌な事はしないなんて基本だろ?と思ったが、『ところで、ヤバイとこって何してる時のことだよ』『まさか何かあったのか?』と、深く追求されたら恥ずかしいから言葉にはしなかった。
「さて、充がやる気のあるうちに早速始めるか」
「おう」
持って来た鞄を部屋の隅に置き、早速体を伸ばす。腰に手を当てて後ろにのけ反ったり、アキレス腱を伸ばしたりしている俺をそのままに、清一は床にヨガマットを広げ始めた。
「そんなもんまで持ってんのな」
「ストレッチするのにも便利だからな。滑りにくいから結構いいぞ」
「へー」
しゃがみこんで緑色のヨガマットを突っつく。この部屋には何度も来てるのに、こんなもんまで持てるのも知らんかったとか、『何で今まで教えてくれなかったんだろう?』とちょっとだけ思ったが、やる気の薄れている奴相手にはわざわざ言わんか。
「まずはストレッチからやるか。手伝うぞ」
「待って、上脱ぐわ」
白いジャージの上着を脱ぎ、青い速乾Tシャツ姿になる。促されるがままヨガマットの上に脚を伸ばして座ると、清一が俺の両足首を掴んで外側に広げた。
「いて!」
「あ、悪い。今はどこまで開く?痛いって思うギリまで開いて、そのまま前屈な」
「ういよっと。…… あーこれ以上無理っす」
「了解。後ろから押すから、痛くなったら言えよ」
「お、おう」
俺が答えると同時に、清一が背中をグッと押してくる。思ったよりも前に倒れていけて、「いいね、充。結構柔らかいな」と褒めてくれた。
「あーでももう無理。そこでストップ」
「わかった、ここな」
そんなやり取りをしながら、脚や腕の筋肉をほどよく伸ばしていく。お互いに腕を引っ張ったりもして、一人じゃやれそうにない柔軟体操なんかも色々教えてもらったりもした。
「——体はあったまったか?」
「そうな、それなりに」
「ところで充は、どこの筋肉をつけていきたいんだ?」
「…… どこのって」
モテるのが目標であって、筋肉をつけることが目的じゃないせいで特にこれといって希望が出てこない。引き締まっていると一番カッコイイのは…… やっぱ腹筋か?
「腹筋が割れてたら、男らしいよな」
「服直筋上部と下部だったら、主にどっちだ?充の筋肉のつき具合で、トレーニングの内容が変わってくるんだが」
「ふく…… へ?」
ちょっと言ってる意味がわからない。
「大胸筋とか上腕二頭筋なんかもあると、結構見栄えするよな」
「ごめん、お前がどこの話してんのかサッパリわかんねぇわ」
「マジか。基本じゃないのか?」
「イヤ、全然」
「わかった。気を付けるわ。んじゃ、とにかくまずは腹筋だな。背筋も鍛えないと姿勢が崩れるからトレーニングする時はどっちも均等にな。急に無理すると腰痛の原因にもなるから、回数とやり方には注意しろよ」
「…… お、おう」
「ちなみに——」と言いながら、清一が俺をヨガマットの上に寝転がるよう促す。「ん?」と言いながら顔を見上げると「胸筋と背筋の両方を鍛えると、猫背が治るからちょっとだけ身長が伸びるぞ」と言われ、俺は俄然やる気が出てきた。
「マジかよ!超やるわ!連続百回とか目指してやんよ!」
「いきなりソレはやめておけ。無理に一般的な腹筋運動をしなくても、腹に力入れながら頭だけ持ち上げて数秒キープするとかでも筋肉はつくから、少しづつ、今出来る範囲からやろうな?」
「…… はい」
成る程、慎重だから続いたんだな、コイツは。いきなり高い目標を掲げて過剰にやろうとする俺とは違って、きちんと続くわけだ…… 。それから俺は、清一の指導の元、腹筋、背筋、スクワットと多種多様な筋トレを教えてもらったのだった。