「ここの駐車場に駐めるから」
ここって、大型ショッピングモールの駐車場だ。
車から降り、彼の後ろをついて行く。
「どこに行くの?」
「プラネタリウム。一回来てみたかったんだ」
プラネタリウムか。行ったことない。
でも、なんだかデートっぽい。
いや、デートなんだろうけど。
迅くんは事前にチケットも購入してくれていたみたい。
「ありがとう」
「いえいえ。俺が来たかったっていうのもあるし」
施設の中に入り、シート《席》を探す。
「あっ。ここだ」
迅くんが案内してくれたところは――。
「うぁっ!広い!これってプレミアムシートとかカップルシートってやつ!?」
私が一人だったら絶対に座らないようなシート《席》だ。
ソファーになってる。
「そう、そんなに驚くなよ。美月。座って?」
迅くんにクスっと笑われた。
「うん」
いざ座ってみると、迅くんとの距離が近い。
薄暗いし、天井はもちろんキレイだし、なんだか雰囲気に呑まれてしまいそう。
チラッと迅くんを見ると、彼も天井を見上げていた。
「俺の会社の名前、シリウスって言うだろ?星の名前から考えたんだ。ベガもそう」
「あっ!そうなんだ」
星の名前だったんだ。
無知で何も知らなかった。
「シリウスは太陽を除けば、地球から見える一番明るい星だって言われてる。ベガも七夕のおりひめ星って言われてて有名な星」
そんな意味があったんだ。
「星の物語は好きで。小学生の時とか、家に帰りたくない時も公園でずっと星を眺めてた。ま、都会の星なんてあまりキレイに見えないけど。それでもずっと見てた。流れ星を見た時に願いを伝えるとそれが叶うって信じてたし。迷信だけどな」
昔を思い出したかのように彼はハハっと笑った。
話を聞いて、私も口元が緩む。
「どうした?ガキっぽいって思った?」
「ううん。私の知らなかった迅くんの話を聞くことができて嬉しくて」
空白の時間を少しずつ埋めていきたい。
今は何も捕らわれるものなどないから。
「そっか。良かった」
星の物語が始まった。
ああ、なんだろう。この非日常的な感じ。音楽も癒されるし。
狭くなっていた心が開かれていくような……。
一時間ほどの上映だったが、とても短く感じた。
でも心はスッキリしてる。不思議。
「迅くん、ありがとう。とっても楽しかった。あっと言う間だったね?」
そう言ってシートから立ち上がり移動しようとした時ーー。
「あっ!」
足元がふらついてしまい、転んでしまいそうになった。
「大丈夫か?」
彼が私の身体を支えてくれた。
「ごめんっ!」
「いや……」
やっぱり、慣れない靴で来るんじゃなかったかな。
せっかくのデートだし、自分なりのオシャレのつもりで普段より高いヒールのパンプスを購入し、履いて来た。
「美月、俺に摑まっていいよ?」
「えっ?」
「どうせ慣れない靴、履いて来たんだろ?俺、その靴見たことないし」
「ええっ?」
どうしてそんなことまでわかっちゃうんだろう。
迅くんのその観察力、すごい。
「嫌なの?本当は手、繋ぎたいけど。腕を組んだ方が歩きやすいだろ?」
手を繋ぐ……。
迅くんと手を繋いで歩くなんて恥ずかしい。
いや、本当はそれ以上のことをすでに彼としているのに。
「……。うん。ありがとう」
迅くんの腕を恐る恐る掴んだ。
「もっとしっかり掴めよ」
彼にそう言われ、グッと腕に力を込めた。
深いところまでしっかり考えていなかったけど、結構迅くんの腕って男性っぽいって言うか。ガッチリしている。仕事が忙しいから、運動とかしてなさそうなのに。そう言えばこの間、孝介から逃げて家から飛び出した時も、お姫様抱っこしてくれたし、実は力持ちなのかな?
そんなことを考えていると――。
「美月、次行こうか?」
彼に言われるがままついて行くと、アパレルショップが並ぶフロアーへ。
洋服でも欲しいのかな。
なんて、考えていた時だった。
「離婚のお祝いに美月に洋服を買いたい。好きなの何着でも選んで?」
「離婚のお祝いって……」
彼にはたくさんお世話になっているし、私のせいでお金もかかってる。
そんなことできるわけない。
「孝介《あいつ》にほとんどの洋服、ダメにされたんだろ?知ってるから」
また気を遣わせてしまっている。
「洋服は、自分で買えるから――?」
「美月が選んでくれないんだったら、俺が勝手に選ぶ。ちゃんと試着はしてもらうから」
それじゃ、私の選択肢は<買ってもらう>しかないじゃない!?
返答に困っていると
「行こう」
彼は強引に私の腕を引っ張り、とあるショップへ入って行こうとした。
「ちょっと!待って!」
抵抗虚しく、私はその五分後にはフィッティングルームの中にいた。
選んでもらった洋服を着て、フィッティングルームのカーテンを開ける。
「お客様、とてもお似合いです!スタイルが良いので、何でも似合っちゃいますね!」
この店員さん、まだ接客経験が浅いのかな。
褒め言葉が嘘っぽいし、誰にでも言ってそうな言葉でなんだか信用ができない。
あ、こんなこと思っちゃダメか。せっかく褒めてくれたのに。
モヤモヤしながら迅くんを見ると、表情があまり良くなかった。
この洋服、似合わなかったかな?
「ダメ。スカートが短すぎる」
「えっ?」
膝より少し短めのスカートだった。
このくらいじゃ、ショート丈とは言えないし。そんなに短いかな。
「却下。次」
「そうですか?とてもよくお似合いなのに」
もちろん店員さんはそんな感想を伝えるだろう。
「嫌なんです。僕、嫉妬の塊みたいな人間なんで。そのスカート丈くらいだと、エスカレーターとか心配で」
そんな理由だったんだ。
「そうなんですかっ!《《彼女》》さんが羨ましいです!こんなイケメンな彼氏さんにそんなこと言ってもらえるなんて」
私より迅くんと話してた方が楽しそうだな。
迅くんがこの洋服がダメな理由がわかって良かった。
その時――。
「ごめん。美月。俺の電話鳴ってる。ちょっと出てくるから、次の洋服に着替えといて?」
「えっ。あ、うん」
着信相手を確認した迅くんは、早足にどこかに行ってしまった。
仕事の連絡だろうか。社長だもんね、大変だ。
「羨ましいです、あんな彼氏さん。どこで知り合ったんですか?」
迅くんが居なくなった途端に店員さんのフレンドリーさが増した。
《《彼氏》》、か。
そう言えば、迅くんのこと彼氏って言っていいのかな。
…・――――…・―――
「どうした?亜蘭。美月と一緒に居るってわかってて電話なんて。急用か?」
電話をかけてきたのは亜蘭だった。
こんな時にかけてくるなんて、亜蘭らしくない。
<すみません。せっかくの美月さんとの時間なのに。一応、伝えておいた方が良いかなと思いまして>
「いや。大丈夫。何かあったのか?」
<実は……>
亜蘭の話の内容を聞き、思考を巡らせる。
「そっか……。わかった。気をつける。連絡、ありがとう」
興信所の調査、続けていて良かった。最悪のことを考えなきゃな。
美月に話しておくか?
いや、余計な心配をさせたくない。
が、どうする?もしもあいつが接触してきたら。
恨まれているとすれば、もちろん俺の方だと思うけど。
明日、《《河野さん》》に九条グループの内情聞いてみるか。
あの人がいてくれたから、九条孝介の横領の証拠とか掴めたし。
せっかくの美月との時間なのに。
いつまで邪魔するんだよ、《《あいつ》》。
…・――――…・―――
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