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庭の片隅の日当たりの良い場所に干されている木桶を見つけると、猫はその中の一つに入り込んだ。身体がすっぽりと隠せる大きさの桶はなかなか居心地が良い。綺麗に洗って乾かしているつもりかもしれないが、そんなことはお構いなしだ。手頃なサイズの入れ物があれば、猫が吸い込まれるのは至極当たり前のこと。
森の魔女の契約獣がその一報を運んで来たのは、日が随分と高くなった頃だった。頭上から聞こえてくるバサバサという羽音を、くーは興味なさげに見上げた。
降下してくる途中で眼が合うと、オオワシは一瞬躊躇ったように宙で静止していたが、すぐに庭に降りてきた。着地する場所がいつもよりも少し隅に寄っているように感じたが、気のせいだろうか。
鳥の着地するタイミングで館の扉が開き、ベルが顔を出した。すぐさま契約主の方へと嬉しそうに駆け寄っていくのを覗き見していたが、猫は小さく欠伸をした後には丸くなって目を閉じた。桶の中は風も入って来ないから温かくて気持ちが良い。
「前の宿屋から見張っていたみたいね」
ベルはソファーに腰掛けて、ブリッドが運んで来た手紙に目を通していた。まだ詳しいことは分かってはいないが、とりあえず不正流出の犯人を無事に連行できたという報告だった。
現段階で判明しているのは、彼らは薬店の通り前にある宿屋の一室を少し前から借りていたということ。これは宿屋の帳面でも確認が取れている。おそらく薬が納品されるタイミングをそこから見張っていたのだろう。
宿帳に記載されていたのは、シュコール領に籍を置く商会の名前だった。近隣の領からの行商というのは、別に珍しいことではない。けれど、彼らの乗っていた幌馬車に積まれていた荷物には、売り物と思われるシュコール産の物は一切見当たらなかった。代わりにあったのは、薬店から買い集められたと思われる大量の薬。何回分の納品かと思うほど、薬の入った木箱が山積みになっていた。
「シュコールにはジョセフ達が行っているらしいわ」
諸々の確認の為に、隣の領へと子息を送り込んだと書かれていた。今ならお見合いの続きの体でシュコール領内をウロウロしていても不自然ではないので、ジョセフ以上の適任者はいない。
先日に聞いた時には行かないと言っていたが、結局は上手い具合にシュコールに向かわされてしまったジョセフ。嫌がるのかと思いきや、ベルの為の仕事だと張り切って出発したらしい。
「回収した薬はどうなるんですか?」
「そうね。騎士団とかで使ってもらえると良いわね」
頑張って作ったのだから、どこかで活用してくれると良いのだけれど、と葉月は願った。昨日納品した薬には初めて一人で作った傷薬も含まれているので、特に思い入れがある。
薬店側はすでに販売した形を取っているので店には戻せない。宙に浮いた薬はしかるべきところで使うことになるのだろう。
「しばらく薬は作らなくていいと思ってたけど、また作らないとダメね」
「そうですよね……」
昨日までに納品した分はその行商人によって買い取られてしまったということは、今もまだ店頭では品薄状態が続いているということ。店で正規に販売する分を急いで追加納品しないといけない。
「そろそろ薬草の補充もしないとね。面倒だわ……」
作っても作っても終わらない作業は、一体いつになれば落ち着くのだろうか。ベルはウンザリと溜息をついた。そして、彼女の「面倒だわ」を毛嫌いするマーサに睨まれた。
慌てて話を逸らす。
「そうそう、もう少し大きな鍋があったと思うんだけど、屋根裏かしら?」
「調理場でも見かけませんし、そうだと思いますわ」
ベル達が寝室として使っている二階の部屋のさらに上にも部屋があることは知ってはいたが、葉月はまだ一度も上がったことは無かった。まず上に続く階段がどこにあるのかが分からない。ホールから伸びている階段は二階までしかない。
「屋根裏って、どこから上がれるんですか?」
「あら。上がったこと無かったかしら?」
ふるふると首を横に振って、好奇心が駄々洩れの瞳でベルを見ている。一緒に行きたい、とはっきり書いてある葉月の顔に、思わず吹き出しそうになった。歳の離れた妹というのは、きっとこんな感じなんだろうか。
「じゃあ、一緒に探検ね」
「やった!」
でも、別に面白い物は何もないわよ、と付け加える。ベルの記憶では、ここへ越して来た際に出た不要な物をまとめて収納してあるだけだ。不要な物の中には、王都へ行ってしまった両親の荷物の残りも混ざってはいるが、どれも何の面白みもない。埃とガラクタしかないはずだ。
「屋根裏って聞くだけで、ワクワクします!」
そう言われても、入口の分からない屋根裏なのだ、期待しない方がおかしい。秘密の階段は一体どこにあるのだろう。二階の廊下ではそれらしき物を見た覚えはなかった。