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初めて足を運んだ裏市は、盛況を極めていた。
中でも目を引くのは奴隷商人だ。
店先に奴隷を立たせ、客に触らせている。
女だろうが、男だろうが、お構いなしだった。
店先に立つ奴隷はまだ幸せかもしれない。
少なくとも、立っている間は安全だ。
こうして歩いているだけで、泣きわめく奴隷に拷問呪文がかけられ、下卑た笑いが交わされる。買われればこうなるし、売れなくても夜になればこうなるのだろう。
この世界には奴隷に人権はない。
というか、人権という概念がない。
オレが生きていた世界でも、近代以前には差別される者が大勢いた。
時にはどうでもいい理由で被差別階級へ落とされ、あらゆる不条理を押しつけられたと聞く。
おそらくは、日本に限定した話ではない。
あらゆる地域、あらゆる土地に根ざしていたのだろう。
子供ですら誰に教わることもなくいじめを行うのだから、人はそうした生き物なのかもしれない。
奴隷魔法が広まる訳だ。
「安いよー! たったの30万セルスだ! まだガキだが、働き者だよ!」
「高えよ、バカ」
「見ろよガリガリじゃないか、震えてるし、今にも死にそうだ」
「しょうがねえな。大負けに負けて、25万セルスでいいよ! もういらないんでね!」
人間の命が、たかだか25万セルスで売られている。
成人男性の月収くらいだ。
おかしい。
以前は250万程度の価値があったと聞いていたが、価格が暴落している。
一体何があった。
「なあ、坊や。こっちへおいで」
ふと振り返ると、朽ちた土壁を利用してたき火を焚く男たちが、オレを手招きしていた。笑いながら、何か話し合っている。
「おい、やめとけ。かわいそうじゃないか」
「ふっはは。ははは。そうかい? ははは」
男たちが大きく笑うと、背筋に寒気。
いきなり誰かに飛びかかられ、組み伏せられた。
抵抗しようにも、6歳の手足は短すぎる。
「ダルゴ、襲うのうまくなったんじゃないか?」
オレに飛びかかってきたのはダルゴと呼ばれた青年だった。
額にはオレが広めた茨の奴隷刻印がある。
「まぁ、そうですね」
感情を込めずにダルゴが返す。
完全に理解した。
こいつら、奴隷を使って人さらいをしている。
裏市の治安は最悪だと聞いていたが、昼間に出歩くだけで拉致されるとは……。
いや、拉致される可能性も考えてはいた。考えてはいたが。
「このクズども……」
オレは周囲を睨む。
店先で奴隷を売る商人、値下げを要求していた客、首輪を引かれる奴隷が、含み笑いを浮かべていた。
こいつら、目の前で拉致されているというのに……!
周囲の良心を利用して、うまく立ち回ろうと思っていたが、完全に計算外だった。
淀んだ空気は重く歪み、喧噪がうるさい。
「あー、うちはもう引き取ってないんだよ。自分で殺して埋めな」
「奴隷を2人一緒に買うなら、3割引きにするよ!」
「もっとこう、なんかないのかね。歌が歌えるとか」
そうか、そういうことか。
オレの血の気が引いていく。
第三奴隷魔法が流出し、民間に定着したのだ。
第三魔法による奴隷化は対魔力や精神力で防げるが、痛めつけて弱らせたり、精神の隙を突くことで、強制的に奴隷にできる。
誰にもやり方は教えていないが、オレが奴隷刻印を施すところならいくらでも見られている。
おそらく一定以上の魔法使いならば、見よう見まねでできることなのだろう。
商売において、業態や価格をコピーされるのは日常茶飯事だが、魔法でも同じ事が起こるとは……。
道理で奴隷の価値が暴落するわけだ。
帝都の人間たちは、適当に人をさらってきては、片端から奴隷にして売っているのだ。
物の価値には法則があり。
原則として、どんなものでも数が余れば売れなくなり、値段が下がる。
商品である以上、奴隷も同じだ。
立たされている奴隷は人間だけではない、ドワーフにエルフ、グラスフットに獣人までいる。
帝都では余り見ない人種だから、おそらく外で狩って来たのだろう。
あそこでまとめ売りされているエルフなど、どう見ても家族だ。
衣服が焦げている所を見るに、村に火を放ち、乱獲したのかもしれない。
裕福そうな服を着た男が、奴隷商人に話しかける。
「いやー、よく捕まえましたな」
「なぁに。奴隷に村を焼かせただけさ。こっちは第二魔法で命令するだけだから、楽なもんだよ。いくらか死んだが、必要経費だな」
「あんたんとこの奴隷って、エルフだろ? お前、エルフにエルフの村を焼かせたのか?」
「そうだが、何だ? 俺、また何かしちゃいました?」
だっはっは。と、男たちは大笑い。
それに釣られたのか、俺を拉致するよう命じたクズどもも腹を抱えて笑っている。
自分の商売がここまで影響を及ぼすとは思わなかった。
これが罪だというなら、こんなもの償いようもない。
奴隷のダルゴがオレを掴む手を緩めた。
「逃げろ」
「お前、まだ刻印がない。まだ助かる」
意味がわからない。
ダルゴ、お前。
オレを逃がしたら拷問されるだろうに。
「俺の子供も拷問されて死んだ」
「お前は、助かってくれ」
なんだ、この奴隷。
なぜ保身に走らない?
なぜそんな選択ができる?
奴隷として虐げられていながら、その器の大きさは何だ。
お前が、お前が主人になるべきだろ。
「……恩に着る」
ダルゴはにこっと笑うと、大げさに倒れた。
殴られたフリだ。
オレはすぐさま走り出す。
後ろが気になるが振り向いている暇はない。
ダルゴの悲鳴が聞こえたが、振り向かない。
走って走って。
走って走って走って、裏市を抜けた。
住み慣れた家へ戻ると、オレに拷問された両親の死体が苦悶の表情を浮かべていた。
この世を地獄に変えたのは両親だと思っていたが、実際は違った。
既に帝都は地獄と化していた。
認めよう、原因はオレだ。
謎は全て解けて犯人はオレだが、どうすることもできない。
考えてみれば、できることはあった。
5歳でいきなり商売など始めずに、学校に通い、魔法知識を得ていれば魔法をコピーされる危険に気づけたはずだ。
20代前半で取締役となったオレなら余裕だと、タカをくくったのが間違いだった。
オレがこんな危険な商売を始めなければ、両親がこんな死に方をすることもなかった。持ち前の実直さで、慎ましく幸せになれただろう。
激痛にもがいた死体が「呪ってやる」と呟く。
「呪ってやる」「呪ってやるぞ」
何度となく聞いた幻聴だ。
生前、邪魔な社員を破滅させた時にもよく聞えた。
だが、実害はない。
小鳥のさえずりのようなものだ。
若干心を蝕むが、どうということはない。
余裕だ。何も問題は無い。
そんなことを呟いて、どうにか心を保つ。
叶うなら、オレが奴隷魔法を広める前に戻りたかったが。
時計の針を戻すことなど、誰にもできなかった。