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The Hunger That Never Ends
それが、いつから続いているのか。
リエルには、もうわからなかった。
朝も夜もない。
時間の流れも曖昧で、季節の変化すら感じない。
ただ――
同じ場所で、同じ呼吸をしている。
変わらない空間。
変わらない温度。
変わらない距離。
そして。
変わらない、“渇き”。
「……カルディア」
名前を呼ぶ。
呼ばなくてもそこにいると、わかっているのに。
それでも呼ぶ。
呼ばないと、何かが崩れそうだから。
「どうした」
すぐに返ってくる声。
いつもと同じ、低く静かな声音。
そこに感情はほとんどない。
優しさも、苛立ちも、ない。
ただ、“在る”だけの声。
リエルはその声に、わずかに安堵する。
――この安堵が、嫌いだった。
「……なんでもない」
そう答える。
それも、いつものやり取り。
意味のない確認。
意味がないとわかっていて、やめられない行為。
カルディアは何も言わない。
ただ、リエルのすぐ傍に立っている。
触れれば届く距離。
離れれば――
すぐに、空になる距離。
リエルは、ゆっくりと手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
胸の奥に沈んでいた何かが、少しだけ満たされる。
ほんの少しだけ。
完全ではない。
決して、満ちることはない。
「……足りない」
無意識に呟く。
その言葉に、自分で気づく。
そして、ほんの一瞬だけ――嫌悪がよぎる。
(まただ)
同じことを繰り返している。
何度も、何度も。
理解している。
止まらない。
カルディアはその様子を見て、ただ言う。
「最初からそうだ」
リエルは目を伏せる。
「……うん」
否定しない。
もう、できない。
何度も試したから。
離れようとして、失敗した。
距離を取ろうとして、崩れた。
思考で抗おうとして、負けた。
その結果が、今。
「……ねえ」
リエルが呟く。
声は、ひどく静かだった。
「これ、いつ終わるの」
カルディアは、少しだけ考える。
その“考える間”すら、いつもと同じ長さ。
やがて答える。
「終わらない」
即答ではない。
だが、揺れもない。
リエルは小さく笑う。
笑っているのに、感情がついてこない。
「……知ってた」
そのまま、カルディアの胸に額を押しつける。
温度。
鼓動。
それだけで、ほんの少しだけ“楽になる”。
だが――
同時に。
その“楽になる感覚”そのものが、ひどく気持ち悪い。
(慣れてる)
その事実が、一番重い。
最初は違った。
もっと苦しかった。
もっと拒絶があった。
もっと、“自分”があった。
今は。
それが、薄い。
完全には消えていない。
だからこそ、余計に苦しい。
「……カルディア」
「なんだ」
「私、ちゃんと壊れてる?」
その問いは、奇妙なほど落ち着いていた。
確認のように。
診断を求めるように。
カルディアは答える。
「壊れてる」
迷いなく。
リエルは頷く。
「そっか」
それで終わり。
悲しみも、怒りも、ない。
ただ――
“それが正しい状態だ”と、受け入れている。
しばらく沈黙が落ちる。
何も起きない時間。
何も変わらない時間。
その中で、リエルはふと思う。
(もし)
もし、あのとき。
違う方を選んでいたら。
この状態はなかったのか。
一瞬だけ、考える。
だが――
その思考は、すぐに鈍る。
「……どうでもいい」
小さく呟く。
なぜなら。
もう戻れないと、知っているから。
そして。
戻ったところで、“これ”が消える保証はどこにもない。
むしろ。
この渇きだけが残る可能性の方が高い。
それが一番、怖い。
だから。
考えない。
考えないことを選ぶ。
それすらも、“選ばされている”と知りながら。
カルディアは、その様子を見ている。
何も言わない。
何も変えない。
ただ――
“維持している”。
リエルの状態を。
この関係を。
この歪みを。
完璧に固定されたまま。
(……やはり)
心の奥で、わずかに思う。
(完全ではない)
どこかに、ズレがある。
だが、それが何かはもう掘り下げない。
必要がない。
壊れていることには変わりない。
戻らないことも確定している。
なら、それでいい。
リエルが、彼の服を掴む。
無意識に。
少しでも離れそうになると、不安になるから。
カルディアはそれを振り払わない。
許容する。
それもまた、“構造の一部”だから。
「……ねえ」
リエルが言う。
「ずっと一緒にいるよね」
確認。
何度も繰り返された問い。
カルディアは答える。
「いる」
それもまた、何度目かの返答。
リエルは安心する。
安心してしまう。
その安心が、さらに深く彼女を縛る。
「……よかった」
小さく笑う。
その笑顔は、どこか空洞だった。
満たされていないのに、満たされたふりをしている。
いや――
満たされている“つもり”になっている。
その状態が、ずっと続いている。
終わらない。
終われない。
終わるという発想すら、もう遠い。
外の世界がどうなったのか。
時間がどれだけ経ったのか。
そんなことは、どうでもいい。
ここだけが、すべて。
閉じた空間。
閉じた関係。
閉じた欲望。
リエルは目を閉じる。
カルディアに触れたまま。
その温度に縋りながら。
(これでいい)
そう思う。
思ってしまう。
その瞬間――
ほんのわずかに。
心の奥底で、“違う”という声が響く。
だが、それはすぐに沈む。
掬い上げられることはない。
消えたわけではない。
ただ、届かない。
届かないまま、残り続ける。
それが。
一番の絶望だった。
カルディアは、その沈黙を見ている。
気づいているのかどうかすら、わからない。
ただ、何も言わない。
何も変えない。
リエルを抱き寄せる。
逃がさない強さで。
だが、抱きしめる理由は――
もうどこにもない。
欲望か。
習慣か。
それとも。
ただ、手放す必要がないからか。
そのどれでもあり、どれでもない。
意味が、薄れている。
リエルはその腕の中で、静かに呼吸を続ける。
壊れている自覚を持ったまま。
満たされないまま。
それでも離れられないまま。
そして。
それが“当たり前”になってしまったまま。
世界は何も変わらない。
二人も、変わらない。
渇きだけが、ずっとそこにある。
決して満たされることのない形で。
消えることもなく。
ただ。
そこに、あり続ける。
――終わらないまま。
#恋愛