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放課後の教室。蛍光灯の白が、机の上に滲んでいる。
窓際に立つ遥の前で、数人が輪を作っていた。
笑い声と、何かを叩く鈍い音が交互に響く。
「こいつ、反応遅ぇんだよな」
「まじで壊れない玩具じゃん」
乾いた音。
背中が机の角にぶつかる。
空気が抜けるような音が喉から洩れた。
誰も止めない。
むしろ、それを合図みたいにして、次の動きが続く。
椅子の脚が倒れる。
机が引きずられ、遥の足元で滑る。
「おい、立ってみろよ。逃げんなって」
笑いながら誰かが襟を掴む。
「もっと声出せよ、つまんねぇ」
足が腹を打った。
一瞬で視界が霞む。
息を吸うことを、身体が拒否する。
それでも声を上げないのは、
“声を出した瞬間に終わらなくなる”ことを、遥が知っているから。
「ほら、転がしてみようぜ」
笑い混じりの声が飛ぶ。
机の脚で身体を押し転がされる。
床の埃が頬につく。
誰かの靴の裏が視界を横切った。
──ああ、知ってる。
この音、この感覚。
家で何度も聞いた。
兄が椅子を蹴り倒す音、母の足が床を鳴らす音。
違うのは、今は“誰も怒っていない”こと。
彼らはただ楽しんでいる。
軽い調子で、何も考えずに。
「おい、もういいって。顔はやめろ、バレる」
「じゃあ腹ならいいだろ?」
「そういう問題じゃねーよ。……まあいいか」
最後の一撃で、肺の奥が焼けるように痛んだ。
床に散らばった筆箱の中身が転がり、
シャープペンの芯が小さく折れる音がした。
誰もその音を聞いていない。
笑いながら靴を鳴らし、
「じゃ、また明日」と言って出ていく。
残された教室に、音だけが残る。
椅子の転がる音。
息の詰まる音。
──それが、遥にとっての日常だった。