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「――いやあ、戻らねえな」
俺の謝罪から一日が経過したが、ゼロの姿は人間に戻らなかった。
当たり前というか、呪いが解けていないのだから仕方がないことではあるのだが、呼びつけた魔導士によると、一定期間が過ぎるか、あるアクションを起こせば一時的に人間に戻ることができる。だが、またストレスをためてしまうとポメラニアンになってしまうとそう診断されたのだ。
そして、そのあるアクションというのが、ゼロを癒すことであった。
俺は、自室のベッドの上で、警戒態勢のゼロと向き合っていた。自分のベッドの上に、毛玉がいるという状況は何とも異質で、見慣れない。
「ゼロ」
「…………」
「おい、ゼロって。喋れんだろ!」
俺がそういうと、ゼロはぷいと顔をそらしてしまった。何様のつもりだ、と俺はポメ相手に拳を握ってしまったが、動物虐待だと自分の心を落ち着かせる。
「呪いの解くの、手伝うっていっただろ。まあ、俺のせいだし……お前に、迷惑かけたと思ってるから」
「……主が、そういうなんて。明日は槍が降るのかもな」
と、ようやく喋ったかと思えば憎たらしい口を利くゼロ。
もともとゼロは無口なほうで、喋ったとしても「ああ」とか「御意」とかそういう返事くらいだった。意思がない人間なのかと思っていたが、ただ貴族に雇われている以上、自我を極力出さないようにと抑えていたらしい。だが、俺が呪いをかけたことにより、これまでの俺への恨み辛みというのが爆発して、元の荒々しい性格が表に出てきたと。
こちらが本来のゼロであり、このふてぶてしい態度なのがゼロで、忠犬のふりをしていた野良犬ということが分かった。
(てか、癒すって何なんだよって話だよなぁ……)
呪いというのは実に厄介で、呪いをかけた本人であっても、呪いを解く方法でしか解けないようになっている。それは、よくあるキスだったり、何か特別なものを飲ませるとか、塗らせるとかだったり。呪いによって解呪の方法は多種多様だ。
魔法と違うのはそこで、魔法はかけた本人が任意で解除できるもの、呪いはかけた本人であっても解除できないものとなっている。呪いのほうがはるかに面倒で、手間のかかる。もちろん、魔法よりも詠唱が長いだの、いろいろと魔法との相違点はあるのだが。
ラーシェ・クライゼルにとってみれば、魔法も呪いも簡単にかけられてしまう、いえば魔法の天才に近かった。服従魔法とかは本当に得意で、一人にかけるのも精いっぱいなのに、この屋敷の使用人ほとんどにかけるほどの魔力量も持っている。
――が、この魔力の多さと、服従魔法というのは後々、モブ姦エンドに絡んでくるのだ。結論から言えば、魔法返しにあい、自分が服従魔法にかかってしまうというやらかしをしてしまう。いくら、魔力があったとしても、魔法の才能に恵まれていたとしても、そういうちょっとしたミスでラーシェはモブ姦、輪姦最高! の頭になってしまうのだ。
(考えたくもねえ……てか、まずは呪いを解く方法だろうが)
来るかもしれない未来を想像しておびえるよりも、まずはゼロの呪いを解くのが優先だろう。
ポメになってしまった場合癒したら人間の姿に戻る。だが、それは一時的なものにすぎず、またストレスがたまるとポメラニアンになってしまうらしい。ストレスさえためなければ、普通の人間と相違ない暮らしはできるらしいが、俺という大嫌いな存在のそばにいるためストレスは嫌でもかかってしまうだろう。
一度、俺の護衛をやめるかという話をしたが、老執事に今護衛が十分にできる騎士がいないので……と、申し訳なさそうに言われたので、次の護衛が見つかるまではゼロにしてもらうしかなかった。最も、ゼロより頼りになる護衛が見つかる気もしないのだが。
「なあ、機嫌直せよ。悪かったって言ってるだろ? 心も入れ替えるって宣言したし、お前とはもっと会話増やして、どうにか呪いを解こうって思ってるんだって。でも、お前がそっぽ向いてるんじゃ、呪いを解こうにも解けないだろ?」
「……どうせ、呪いは解けない」
「ああ、もう、勝手に決めつけんなよ。めんどくせえなあ……!」
なぜ、そんなにうじうじしているのか分からない。それとも、一生ポメラニアンのままでいいというのだろうか。
(そんなに、俺のこと嫌いかよ……)
仕方ない。だって俺は、ゼロが私生児であることをネタにしていじったり、わざわざ買ってこさせたケーキを目の前で捨てたり、ゼロの服を破いたり……本当に狂気を逸した嫌がらせをしてしまったのだから。そのうえ、何もしていないのに遊び半分で呪いをかけられて、ポメラニアンになって。俺を恨んでも仕方ないのだ。
癒す、ということは、会話とか触れるということなのだろうが、触らせてもくれないんじゃ話が進まなかった。こっちには、歩み寄る意思があるのに、あっちにはない。それが壁を作っている。
俺だって、男を癒すために会話するとか、いくらポメラニアンだからって、男を弄繰り回すとかしたくない。
でも、これはしなければならないことなんだ。
「ゼロ、ゼ~ロって」
「放っておいてくれ」
「……はあ?」
「いつも、俺のことは放っておくだろう? 俺が雨ざらしになっていても、部屋の中を荒らされて寝る場所がなかったとしても。俺がどれだけ屈辱的で、人間的な扱いを受けてこなかったか。今さら、改心されたところで信じられると思うか?」
ゼロはそう言って、顔を隠すように丸くなった。
ポメラニアンの姿で言っていなければ、俺はその声と威圧感に押されていただろう。いや、ポメラニアンだったとしても、彼の憎しみや殺意というのは伝わってきた。
めちゃくちゃ嫌われている。それはもう、使用人たちの非じゃないほどに。
「貴族の戯れだろうが、なんだろうが知らない。俺は、私生児だし、傭兵だった。それでも、金がもらえるからアンタのもとで働くことにしたんだ。それすら、間違っていた……アンタなんか、きたねえオヤジにでも蹂躙されればいい」
と、ゼロは毒を吐く。
身も毛もよだつようなことを言われてしまい、俺はどうにか、ゼロの機嫌をとろうと思った。このままでは、いずれゼロにハメられる……そしてモブどもに回されて、掘られて、薬漬けに……それこそ、人間として扱われなくなるかもしれない。
けれど、今ゼロがいったことは、俺がこれからされるかもしれない復讐の方法の謎を解く答えになっている気がした。
俺が、ゼロを人間的に扱わなかったから。それを、ゼロは仕返しと、復讐として行ったのだと。
だったらもう、受け入れるしか俺は彼に許してもらえないんじゃないかと思った。彼の味わった屈辱を、これまでの雪辱を。
モブ姦なんて、死んでも嫌だけど。それなら、死で償えるのならとさえ思ってしまう。
「……ごめん、ごめんなさい…………こんな謝罪じゃ、すまないって思ってる。お前の怒りも、殺意も、さ。こんな安っぽい、ペラペラの言葉で許されると思ってないよ。だから、お前の呪いが解けた暁には俺を、好きにしていいよ。これまでの憂さ晴らしでも、さっき言ったことでもいい…………お前の好きなようにすればいい。殺したっていい」
俺がそういうと、ピクリとゼロの体が動いた。もぞもぞっと顔を覗かせて、ターコイズブルーの丸い瞳と目があった。
「ハッ、それ……本気で言っているのか?」
「……本気じゃなきゃ、こんなこと言わない。俺の性格知ってんだろ?」
「性格を知ってるからだ。口先だけで、呪いが解けたら何でもしていいって? 殺してもいいだと? そんな、命を安売りするなんて、よっぽど俺の気を引きたいらしい」
「信じるか、信じないかはお前次第だ。もう、何も言わない。お前が一生ポメラニアンでいたいなら、俺と関わらなきゃいい。だが、お前をポメラニアンから人間に戻せるのは俺だけだぞ」
そう、脅しをかければ、またあの舌打ちが飛んできた。
だが、ゼロのほうも腹をくくったのか、顔をしっかりと見せて、すくっと前足をそろえて俺を見る。
「本当に、俺の呪いを解くのに協力するのか」
「あ、当たり前だろ。俺の責任だ。お前は俺の護衛で所有物だし、管理不届きで、俺の責任」
「所有物じゃない。俺はモノじゃない」
「そーだけど! 例えというか、とにかく、俺が悪いから。全面的に悪いから。協力するし、お前のこと、全力で癒してやるから」
「……気色悪いな」
ぼそりとゼロはつぶやく。やっぱり、なんだかこいつは喋ると鼻につくな、とこちらも苛立ちがつのっていく。
だが、ここは耐えろラーシェ・クライゼル! となんとか、耐えきって、ゼロのほうを見た。つぶらなターコイズブルーがこちらを見ている。また舌をしまい忘れているし、その小さな口で人間のときと相違ない声でしゃべるのだから脳がバグる。
今から癒すのは、ポメラニアンだが、もとは二メートル近い大男だ。年齢は、二十歳くらいで俺と一緒なのだが、体格差で年齢が離れているようにも思える。まあ、ポメラニアンの姿のときは関係ないが。
「よし、じゃあ決まりだな。俺は今からお前を癒す」
「だから、癒すとかいうのが意味不明なんだが、主。どうやって俺を癒すんだ」
「知らねえよ。お前が癒し~って思うことをしてやるから、いってみろ」
「……」
「ほら、恥ずかしがらずにいえって。今のお前、口はあれだけどかわいいし……俺にできることなら…………だから、何で唸るんだよ」
また歯をむき出しにして不快感前回オーラで俺を睨みつける。
これじゃあ、癒すどころか、警戒を解くのが先だな、と俺はため息をつくしかなかった。そうして、しばらくしてだったか、ゼロは口を開いた。
「……ない」
「ない? ないって、何が」
「癒しと思うことだ。そもそも、されてうれしいことが何かわからない」
「はあ~? お前、何楽しみに生きてんの。人生楽しまなきゃ損だろ」
「……アンタと違って、俺は幸せな家庭で生まれなかったからな。地位も、境遇も何もかも恵まれなかった」
と、ゼロはうつむき気味に言うと、俺に背を向けた。小さくてもふもふとした背中だったが、それがやけに小さく寂しそうに見える。
私生児であり、家の中では疎ましがられた。そして、俺のこともあって……
(同情、とかされたくないだろうし、俺になんて言葉かけられてもむかつくだろうけどさ……)
それでも、かわいそうとかいう気持ちは持っちゃうわけで、俺は後ろからすくいあげるようにゼロを抱きしめた。
「じゃあ、俺が幸せにしてやるよ。されてうれしいことも、これから見つけてきゃ、いいだろ。ゼロ」
「……アンタにだけは一番言われたくないんだが」
そう言いつつも、俺に抱きしめられて抵抗しなかったゼロはぶんぶんとしっぽを振っていた。