それから数週間が経過した。
週二回の会議は順調に進んでいる。
花純が作って来たパースデザインは見事なものだった。
全体図、そしてコーナーごとに詳細なイメージデザインが添えられ、
具体的にその場に植える植物の写真まで表示されていてとても見やすいものとなっていた。
パターンもA・B・Cと三通りのイメージ図を作成してきたので、
その中で一番高原に近いAのデザインで行く事に決定した。
白樺や落葉樹の根元には、
手入れの楽な宿根草をグランドカバーとして使う。
そして全体をウッドデッキで覆い、小道を作る。
そのところどころに置くガーデンファニチャー類は、
木製のナチュラルな雰囲気のものを多用し、高原や別荘にいる雰囲気を一層高める事にした。
庭園の一角には丸太で出来たブランコや椅子を配置し、子供達が遊んだりイベントスペースに使えるような広場も作る。
植栽の発注は、高城不動産と取引のある会社に一任する事にした。
花純は、個人的にいくつかの仕入れ先を知っていたが、
ここはあまり出しゃばらずに高城不動産が懇意にしている取引先を優先する事にした。
現在の庭園を今月いっぱいで閉鎖する旨は既に告知済みだ。
来月から早速工事に入り、工期は一ヶ月を予定している。
上手くいけば梅雨明けの7月から、美しい初夏の庭園が楽しめるだろう。
とにかくプロジェクトは順調に進んでいた。
そして土曜日、この日もいつものようにメンバーが副社長室で話し合いをしていた。
花純はこの日少し体調が悪かった。
庭園改良プロジェクトに加わってからは、
毎晩夜更かしして自宅で仕事をしていたので、どうやら寝不足がたたったらしい。
喉が腫れてほんの少し咳が出ている。
皆に風邪をうつしてしてしまうと申し訳ないのでマスクをつけて会議に出る。
「あれ? 藤野さん風邪?」
「あ、はい…でも熱とかはないですよ。ちょっと咳が出て…」
「このプロジェクトに加わってからずっと忙しかったからね。無理させて申し訳ないね」
課長の有田がすまなそうに言った。
この頃にはメンバー全員が打ち解けて、ざっくばらんな会話が出来るようになっていた。
そんな花純の事を、壮馬はじっと見ている。
そして二時間後、会議も滞りなく終わりメンバーは帰り支度を始めた。
いつものように五人が副社長室を出ようとすると、
「藤野さん、ちょっといいですか?」
壮馬が花純を呼び止めた。
「あ、はい?」
「一つ確認したい事があるのですが」
花純は出口で待っている美咲に、
「あっ、じゃあ先に行ってて!」
「うん分かった。じゃあまた来週ね! 副社長失礼しまーす!」
美咲はそう言うと、ドアを閉めてその場を後にした。
花純はドアの前から移動し、すぐに壮馬のデスクまで行く。
すると壮馬が言った。
「顔が赤いぞ。熱があるんじゃないか?」
壮馬の言う事は図星だった。
会議を始めた時には軽い咳だけのはずだったのに今は寒気がしている。
(なんで分かったんだろう?)
花純はそう思いながら、
「大丈夫です。明日は休みなので一日ゆっくりしていれば治りますから」
そう答えると無理して笑顔を浮かべた。
「車で送るから一緒に帰ろう」
壮馬はジャケットとビジネスバックを手にするとポケットから車の鍵を出した。
「えっ? だ、大丈夫です。一人で帰れますから」
「遠慮するな」
「でも副社長に移ってしまいますから」
「マスクをしていれば問題ない。それに俺は昔から丈夫で有名なんだ」
(丈夫で有名?)
意外な言葉を聞き、思わず花純はクスッと笑う。
「ん? なんだ?」
「あ、いえ、別に……」
「じゃあ行くぞ」
壮馬は颯爽と出口へ向かった。
花純は慌てて後を追う。
二人はエレベーターへ乗ると、そのまま地下駐車場へ降りた。
地下一階に到着すると、壮馬は無言でエレベーターを降り近くに停めてある外車のSUV車のキーを解除する。
ブラックメタリックの車はピカピカに輝いていた。
壮馬は助手席側へ行くと、ドアを開けてから言った。
「乗りなさい」
「すみません」
花純は恐縮しながら車へ乗り込む。
壮馬も運転席へ乗り込むと、カーナビを操作してからすぐに車をスタートさせた。
この車はアウトドア車なのに、とても乗り心地が良い。
さすがドイツ車だ。
花純は今までこんな高級車には乗った事がなかったので、少し緊張しながら座っていた。
そこでふと気付く。
「あ、住所は…」
「今入れたからから大丈夫だ」
花純は、今回高城不動産で副業をするにあたり会社側に履歴書を渡していた。
きっとそれで知っているのだろう。
「今住んでいる場所には長いのか?」
「あ、はい…大学時代からずっと住んでいます」
「実家は確か長野だったな?」
「はい…諏訪湖の西の方です」
「諏訪湖か…昔仕事で何度か行ったな…」
「そうでしたか……」
その時花純は、諏訪湖のほとりにあるいくつかのリゾートマンションや美術館などを思い出す。
おそらくそれらのうちのどれかを、高城不動産が手掛けたのだろう。
「長野にはご両親がいるのか?」
「いえ…うちは母子家庭なので母と、あとは祖母が一緒に住んでいます」
「そうか……」
花純が母子家庭だと話しても、壮馬は特に驚いた様子はない。
まあこのご時世、母子家庭など腐るほどいるので珍しくないのかもしれない。
すると見慣れた街が見えてきた。
花純の住んでいる街は、虎ノ門からは直線で6~7キロしか離れていないので、車だとあっという間だ。
華やかな商店街を通り過ぎると、車は少し古びた住宅街を走り続ける。
この街は、駅周辺は華やかだが少し離れた地域は昔ながらの住宅街だ。
花純のアパートは、この住宅街の片隅にあった。
アパートがある町内に入ると、いつもはあまり人通りがない道にやたらと人が集まっている。
その先には赤いランプを点滅させた消防車が何台も停まっている。
「ん? 火事か?」
壮馬もその異変に気付いたようで、身を乗り出して前を覗き込んだ。
その先の規制線が張られた場所で車は警察官に停められてしまう。
壮馬は窓を開けて警察官に聞いた。
「何かあったんですか?」
「この先のアパートで火災があってこれ以上は入れません。申し訳ありませんがここでUターンしていただいてもよろしいでし
ょうか?」
「分かりました」
壮馬はすぐに住宅街の十字路で車を回転させると今来た道を戻り始めた。
コメント
3件
火事🔥🧯⁉️
火事🔥🧯🚒⁉️ 花純ンの体が本調子でない時にアパートの近くで火事なんて💦 どうか花純ンのアパートば無事であって欲しいよぉー🥺😰🙏
えぇーーっ⁉️😱 この先のアパートの火災って⁉️ 花純ちゃんのアパートは大丈夫かなぁ....❓️ どうか何事もありませんように🙏