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「やっほ~ル~ヅキ」
暗黙の室内に、場違いな迄に明るい声が響き渡る。
何時も通り、闇の仲介室へと赴いた二人とジュウベエ。
現時刻は既に二十三時に迫ろうとしていた。
依頼通達が幸人のパソコンに届いたのが、十九時前。
すぐに赴かなかったのは、何も人気を気にして――だけではない。
『――ご飯食べてからね~』
家族団欒の夕食を取る事少々――
『テレビ見てから行こ?』
気になるアニメは見逃せない。
『あぁ! お風呂入らないと――』
悠莉の頬が、うっすらと赤く上気しているのはその為。
女の子には“色々”と準備が必要なのだ。
「いらっしゃい悠莉。そして――」
机には“何時も通り”に、白い仮面の琉月の姿が。
「御待ちしておりました御二人方」
すぐに切り替えた彼女は、やはり一流のプロである。プライベートと仕事は、きっちりと線引きしていた。
「ねえねえルヅキ? ボクね、幸人お兄ちゃんのとこが凄く楽しいの~」
「あら~ちょっと妬けちゃうわね。でも悠莉が楽しそうで嬉しいわ」
「勿論ルヅキも大好きだからね~」
「うふふ……」
「あはは~」
――の筈なのだが、裏に於いても琉月は悠莉には甘い。
仕事の話になる筈が、何時も通りの世間話になっていた。
「幸人さん? 悠莉を可愛がってくれているみたいで、本当に何と言ったらいいか……。これからもこの子を宜しくお願いしますね?」
「いや……まあ……」
琉月は表として幸人にそう振るが、幸人は返事を濁す。
既に此所は裏の世界。いきなり表として振る舞われても困る。
それより――
「依頼の件は……どう――」
それが本来此所での主旨。世間話をしに来た訳ではないのだ。
だが今までの幸人なら『さっさと説明しろ』と、言葉を濁す事は無かったのだが、下手に出ている感も有るのは、彼の心情も変化していた証。
淡々とこなしていくだけが全てでは無い――
「あっ! すみません長々と……。そう、此方です」
これまで裏を崩す事は無かった琉月も、ようやく本来の主旨に気付いたのか、少々焦りながら書類を二人へと受け渡していた。
やはり悠莉という少女の存在は、彼等にとっては非常に大きいものだと。
受け渡された書類。今回の依頼のクライアントの方だ。
手に持つ書類には、おっとりとした表情の女性の顔写真が添えられている。
清楚そうで、それでいて大人しそうな表情からは、果たしてどれ程の恨みが? と目を疑いたくなる程の。
「今回のクライアント、橋田 美和(ハシダ ミワ)34才。都心のショッピングモールの一つ、ヴァーミリオンシティのスーパーへ夕方から勤める、レジ担当のパート従業員ですね」
琉月は何時も通り、クライアントの素性を簡潔に伝えた。
“ヴァーミリオンシティ?”
幸人も悠莉も、その単語に反応。それもそう。つい先日訪れたばかりなのだから当然。
これも“よく有る”因果。だが顔写真の女性に、二人は見覚えが無かった。印象に残らなかったと言っていい。
レジ担当と言う事で、もしかしたら顔合わせはしていたのかも知れないが、逐一覚えていると言うのが無理からぬ事。
それに重要なのはクライアントの顔ではない。
クライアントが何を以て、狂座にアクセスするに至ったのかの経緯。そしてその対象となる――
「そしてこちらが今回の……」
そう。その対となる核がターゲット。即ち消去対象。
琉月はもう一枚の書類を二人へと手渡した。既に室内に先程迄の陽気さは無い。完全に裏の仕事体制に幸人や琉月は当然として、悠莉迄もが入っていた。
「…………」
無言で受け渡された、ターゲットの書類へ目を通す二人。
先程のクライアントの女性には見覚えは無かったが、ターゲットとなる顔写真には、二人共に見覚えがあった。
それもその筈――
“中村 照男”
書類に記されたターゲットの名前。そして経歴。
あの時、生鮮売場で買い物の最中に二人が出会った――悠莉が一瞬で本質を見抜いた、ヴァーミリオンシティ、スーパー部店長。
明るくて人当たりが良く、サービス業に携わる者としては鏡的な、しかし何処かおかしい。
“笑顔に隠された裏の悪意”
幸人も敢えて言わなかっただけで、その本質は一瞬で見抜いていた――秩序型サイコパスの典型、その者その人だった。
「今回のターゲット、中村 照男(ナカムラ テルオ)49才。御存知の通り、あのヴァーミリオンシティのスーパー部店長に嘱する者です」
琉月の『御存知の通り』とはその通り。あの時と同様、彼女も“表”では其所をよく利用しているのだから、存在位は知っていたのだろう。
「今回の依頼となる発端は、ターゲットがクライアントへ日常的に渡る、性的暴行が主みたいですね……」
つまりはセクシャルハラスメント。だが依頼への“鍵”としては、少々弱い気もするが――
「やっぱり……。許せないよ女の敵~!」
「ええ……。男性の方は軽く考えがちですが、女性にとってこれは正に殺人と同義。精神……魂の殺人とでも言いましょうか」
悠莉も、そして琉月もまた同感の想い。強弱の問題ではない事を。
「クライアントの女性は未婚で、調べによるとターゲットに関わる迄、男性経験も皆無のようでした。それをターゲットは店長の権力を盾に、更には危害を及ぼす事を餌に脅していた事も確認済みです」
「なんってクズヤローなの!」
「ええ……人の弱味につけ込んだ最低の行為。彼女の苦悩は如何程のものだったでしょうね……」
怒りを顕にする二人に、すっかり幸人は蚊帳の外感も有るが、これは女性だからこそ共感する想い。口出しするのは憚れる。
だからこそ幸人は、二人を余所に沈黙を貫いていた。
「しかもこのターゲット、同じような手口で過去に何度も、同様の行為を多人数に繰り返していますね。その事で知られない、自ら命を絶った者まで……」
私情では無いとしても、琉月の口調には含みが感じられた。
「女性を己の欲求を満たす、物としか見ていない半端な権力層に有りがちな、秩序型サイコパスの典型。苦しむ世の女性の為にも、早急に消えて貰う必要が有りますねこのターゲットには」
「ボクがやる! ボクにやらせて! 皆の為にも……許せないよ!」
即、手を上げたのは悠莉だ。
「では悠莉、頑張って……私達女性の権利の為にも」
「勿論だよ~任せて!」
幸人が口を挟む間も無く、決定してしまった今回の依頼。
「――と言う事で雫さん? この子の介添え……宜しくお願いしますね」
「あっ……ああ……分かった」
気圧されるように受けるしかない幸人。
二人の前に最初から幸人には、介添え役の立場しかなかったのだ今回は。