テラーノベル
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(もう、このフロアに戻る事は…………ないんだな……)
やっと自身の考えを父に伝え、社長室を後にした圭は、十階の役員フロアを、感慨深く見回す。
静謐(せいひつ)を湛えた廊下に、規則正しく並ぶ、役員室の重厚な扉。
圭は、副社長室のドアの前で立ち止まり、ダークブラウンの扉にそっと触れると、不規則に描かれている木目をなぞりながら、これまでの出来事を回想する。
(そういえば、ここで怜と対峙したよな……)
当時は圭の女性問題で、双子の弟、怜と静かに火花を散らし合ったが、それも今は遠い日の記憶である。
彼の中に、感傷的な風が吹き抜けていくと、フッと笑い零し、無音の廊下を再び歩き出した。
降格されたばかりの頃、DTM事業部への異動は、圭にとって屈辱しかなかった。
しかし、今は早く仕事に戻りたいと思う自分がいる。
「さて……明日は、ミュージックテラーのリリースだ。気合いを入れないと……」
圭は、吹っ切れた表情を映し出すと、颯爽とした足取りで、エレベーターに向かった。
***
翌日。
楽曲制作アプリ『ミュージックテラー』が、正式にリリースされた。
圭は、立川に帰省した美花と、自宅マンションのパソコンで、アプリ特設サイトを閲覧している。
「あ! アプリの名前、変わったんだね! しかもカッコいい名前だしっ」
美花が、弾けるような声色で圭に問い掛けた。
「俺が、ネームの変更を提案したんだ。スマートミュージックだと、『スマートフォンで音楽を作る』っていうのが、そのまんまって感じだろ?」
「まぁ……確かに……」
「美花と出会い、ボイスレコーダーにメロディを録音している様子や、DTMの話を聞いて、『作曲は、音で物語を作る事』って思ったんだ。『テラー』は、物語の語り手、という意味もある」
「なるほどねぇ……」
美花が顎に人差し指を当て、コクリと頷く。
「それに、美花が来社した時、アプリの改善点を挙げてくれただろ? あれから試行錯誤して、スコア入力にも対応させ、BPM変更も可能なアプリにしたんだ」
「本当!? すごいっ……!」
圭が、サイトのコンテンツ一覧から『DTM界の有名クリエイター、 Hanaさんに、ミュージックテラーを使って頂きました!』を選択し、ページを開く。
「やだ! ちょっ…………すごい恥ずかしいっ」
美花が、微苦笑しながら、圭の肩にポンッと触れた。
彼女のアイコンとも言える両手のハートマーク画像が、ページの右上に飾られ、アプリの使い心地に関するコメント、インタビュー記事がズラリと並んでいる。
「だが、この企画がなかったら、俺と美花は…………再会しなかったかもしれないだろ?」
圭はページをスクロールしていき、美花、もといDTMer Hanaのインタビュー記事を二人で眺めた。
コメント
1件
うわあ、ついに「終章」ってタイトルがついた回に来たんだね……感慨深いな。副社長室の前で立ち止まる圭くんの回想、本当に長い旅路だったんだなってじんわりくるよ。DTM事業部に異動した当初の屈辱から、今は「早く仕事に戻りたい」って思えるまでになった心境の変化が、地の文からひしひしと伝わってきた。そして「ミュージックテラー」の名前の由来、「作曲は音で物語を作ること」っていう圭くんの言葉、すごく好きだな。美花ちゃんとの出会いがアプリの改善にも生きてるのが、もう運命的で尊いよ……。
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