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#和風ファンタジー
るるくらげ
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2章 第3話
「魑魅魍魎」
セラフィナは、部屋の中を一周だけ見回した。
窓、机、水、誓印パン。
荷物の畳み方。剣帯の巻き直し。
寮の部屋は、広いわけじゃない。
けど“余裕”がある。空間が整えられていて、使う人間の動きまで最初から想定されている。
壁の角には、細い傷の補修跡。古い建物だ。けれど放置されていない。
ベッドの木枠は少し軋む。
枕は固め。布団は軽い。
部屋の端には、小さな棚。
何かの予備布や包帯、道具が入っていそうな引き出しがある——中身はまだ見ていない。
「ここは誓刃校の寮。他の隊のは別の棟だよ」
セラフィナが、さらっと言う。
孤誓隊。
その単語の重さに、胸の糸がじわっと熱を持つ。
「……孤誓隊って、親族いないやつだけの……」
「そう。きみ、親族はいない」
“知ってる”って言い方だった。
気味悪い。
でも、ここで取り乱すほど子供でもない——と、思いたい。
セラフィナがドアへ向かいながら言う。
「動ける? まだ熱が残ってるなら、歩きながら整えよう」
「……歩けます」
本当は足がふわふわしてる。
けど、見栄で歩けると言った。
見栄は、今の自分の唯一の武器だ。
廊下に出た瞬間、音が広がった。
遠くから聞こえる金属音。
掛け声。
靴音。
魔術の弾ける“乾いた破裂”。
誰かの怒鳴り声が壁を伝ってくる。
寮の廊下は白い。
床は磨かれてるけど、よく見ると無数の擦り傷がある。
引きずられた何か。倒れた誰か。運ばれた武器。
そういう“日常”が染みている。
「この区画は今年の新入り用。志願兵とは別動線」
セラフィナが歩く。
歩く速さがちょうどいい。置いていかれない。でも、合わせすぎてもいない。
玄関に近づくほど、空気の温度が変わる。
外から流れ込む匂い——土、汗、鉄、薬草。
鼻の奥がツンとする。
そして、正面玄関。
巨大な扉。
上部に刻まれた誓文。
柱には古い戦の痕が残っている。刃が当たったような跡。魔術で焼けたような黒ずみ。
扉が開いた瞬間、光が差した。
眩しいというより、冷たく明るい。
空気が「整っている」。
街の音が遠い。代わりに訓練場の音が近い。
目の前には広大な敷地。
道は石で敷かれ、各施設へ矢印みたいに伸びている。
そのど真ん中に——模擬戦のグラウンド。志願兵の試験が進行中。
数が、異常。
数百じゃ済まない。
千、超えてる。
同じ制服、あるいは自前の戦闘服。武器。魔導具。
それぞれが、自分の人生を背負って並んでいる顔。
上級生の怒鳴り声が響く。
「次! 二人組入れ!!」
「倒されても立て! 死ぬ気でやれ!!」
セラフィナが、横で言う。
「倍率は年による。去年は……悲惨だった」
それ以上は言わない。
言わなくても伝わる。
死んだ。大量に。だから今年の“枠”の空気が変わった。
(今年は…入りやすい?)
(でも、入った後が地獄ってやつだろ)
セラフィナが軽く指を鳴らす。
「こっちはきみが今日から利用出来る居住・活動範囲。——ついてきて」
まず向かったのは、屋外トレーニング場。
筋トレ器具が異様にデカい。
石の重り、鉄の棒、壁に埋め込まれた打撃用の杭。
地面は固められてて、踏むと乾いた音がする。
そこに——“怪物みたいな人間”がいた。
でかい。
厚い。
汗で光ってる。
「うおお!! まだ行けるだろォ!!」
拳の一撃で、杭が「ゴン!!」と鳴る。
周りの同年代っぽい連中が、完全に引いてるのに、本人だけ楽しそう。
セラフィナが淡々と紹介する。
「羽麗バロロ。16歳組。たぶん最初に絡んでくる」
明らかに190cmはこえている高すぎる背丈と筋肉の塊。オレンジ色の短髪が汗で光る
絡んでくるどころじゃなかった。
バロロがこちらを見た瞬間、目がギラッと光った。
「ん? 誰だオレの知らねぇやつ!!」
次の瞬間、地面を蹴った。
速い。
でかいのに、速い。
「新入りかァ!?!?!?!?!?!?」
勢いそのままに、アクラの前で止まることなく——
抱きしめた。
「うおおおおおおおお!!!!!!」
圧。
熱。
汗。
匂い。
「ぐぇっ……!!」
息が抜けた。普通に。
「よっしゃ!! いい骨してる!! ダチになろうぜ!!」
(意味わかんねぇ!!!)
でも、ここで引いたら負けだ。
変なプライドが勝つ。
勢いだけは、詩丸に似てしまう。
眩しい中心にいた奴の“ノリ”だけが、勝手に体に貼りついてる。
「おう!元気だな!だけどお前、抱きつくのはほどほどにしろよっ!」
口が勝手に回った。
バロロが一瞬止まり、次の瞬間、さらに笑った。
「いい!! そのツッコミ最高!!」
背中をバンバン叩く。
叩かれるたび、胃が揺れる。
セラフィナが横で、ほんの少しだけ口元を緩めた。
(……笑った?)
(いや、気のせいか)
バロロは顔を近づけてくる。近い。近すぎる。
「なあ新入り! オレ、親友探してんだよ!
拳ぶち込めるやつが親友な!!」
「親友の条件が物騒すぎるだろ……!!」
「それがいいんだろォ!?」
勢いで押し切るタイプだ。
バロロの後ろから、先輩っぽい女が叫ぶ。
「バロロ!! また新入り泣かせるな!!」
「泣いてねぇ!! 息が止まっただけだ!!」
止まってる時点で問題だよ。
セラフィナが軽く咳払いする。
「バロロ。新入りはまだ体調が万全じゃない」
「おっ、セラフィナ先生じゃん!!」
先生呼びが軽い。馴れ馴れしい。
けど嫌われてはいない感じ。
「わかった!! じゃあ次は“あとで”殴り合う!!」
「それを約束みたいに言うな……!」
バロロは去り際に、肩を組もうとしてくる。
でかい腕が重い。
「よろしくな! ダチ!!」
トレーニング場を離れた瞬間、肩が軽くなった。
同時に、胸の糸が“ひゅっ”と締まった。
(……調子、乗りかけた)
ここで笑ってる場合じゃない。
でも笑ってないと、潰れる。
セラフィナが、何でもないふうに言う。
「今の“ノリ”、嫌いじゃない。生き残りやすい」
褒めてるのか、実験結果なのか分からない言い方で。
次は、中庭。
ここは一転して静かだった。
石のテーブル、植え込み、噴水。
空が四角く切り取られている。
西側以外は校舎の壁で囲まれていて、外の景色は“見せたい方向だけ”見える。
そこで、紅茶の香り。
優雅にティータイムしてる二人がいた。
黒髪ポニーテールで白い肌の少女。腰まである黒髪を白い包帯で巻いてある。黒いマフラーにショルダーレスの黒いピチッとした上着とまたまた黒い布を腰に巻いており帯でとめている。
もう一人は薄金ウルフカット、赤い瞳で姿勢が完璧な少女。軍服とメイド服の中間のような服を着ていて、背が高い。180はないだろうがぎりぎり届きそうなレベルだ。(アクラが160センチ代)
セラフィナが言う。
「黒刃エペ。闇音刹那」
刹那が微笑む。
目だけは笑ってない。
黒髪のエペは、こちらを見た瞬間に顔が曇る。
「……男?」
そして即、言い放つ。
「また男が1人。いい加減にして欲しいです!まったく。我達女子の見にもなって欲しいです」
勢いで一息に言った。
言い終わってから、ちょっと照れたのか、咳払いする。
薄金の刹那がカップを置く。
「新入り。……今のタイミングで、どうして?」
探り。
詰問じゃないけど、逃げ道もない。
「まだ志願兵は試験中のはず」
セラフィナが先に答える。
「事情がある。——それは後で、正式に共有される」
刹那はセラフィナを見て、察した顔をする。
「……ふうん。なるほどね」
エペが腕を組む。
「まあいいです。男塵が増えるのは最悪ですが、女子に害がないなら」
アクラは、ここでまた変な見栄が出る。
詩丸の口調じゃない。
でも、勢いだけは似る。
「……まあ、迷惑はかけねぇよ。たぶん」
エペが即反応する。
「たぶん!? 今たぶんって言いました!?
男子のたぶんは信用できないんですよ!!」
刹那が、ふっと小さく笑った。
ほんの一瞬だけ。
(……こいつ、笑うんだ)
中庭を抜けると、空気が変わった。
同じ校舎の中なのに、匂いが違う。
薬草の青臭さ。
金属の冷えた匂い。
そして――微かに、甘く腐ったような匂い。
「ここが研究室の区画だよ」
セラフィナが言う。軽いトーンで言うのが逆に怖い。
廊下の壁は白いままなのに、照明が少し落としてある。
窓も小さい。外が見えない。
扉の前に着いた時点で、喉が勝手に渇いた。
「それでこっちが此方の研究室。きみも興味があるなら来てみるといい」
「……ここ、なんの研究してんすか」
自分でも、声が警戒に寄ったのがわかった。
「魔界。と、魔界由来の“現象”」
セラフィナは鍵を回す。
扉が静かに開く。
研究室は、整然としていた。
整然としすぎて、“片付いてる怖さ”がある。
机には硝子器具。
棚には瓶。
そして――標本。
一つ目は、青白い小さな手。
子供の手みたいに細いのに、指先が妙に長い。
液体の中で、ゆらゆら揺れている。
二つ目は、角の欠けた小さな頭蓋。
何の生き物か分からない。
歯の数が、人間じゃない。
三つ目は、布で巻かれた“何か”。
包帯の隙間から、黒い刺青みたいな模様が覗く。
見ていると、目が滑る。焦点が合わなくなる。
「……不気味」
言った瞬間、自分の胸の糸が“きゅっ”と締まった。
息が浅くなる。
セラフィナが、さも当然みたいに言う。
「嫌い?」
「……嫌いっすね」
「正直でいい。ここは嫌いでいい場所だから」
「…セラフィナさんは?」
「魔界は嫌いに決まっている。ただ興味はあるんだ」
次は、大図書館。
廊下に出ると、空が少し暗くなった気がした。
研究室の匂いが鼻に残っている。
大図書館は、まるで“日が差さないこと”を前提に作られていた。
高い天井。黒い梁。
大きな窓がひとつある。しかしそこ以外は暗い。
本棚が迷路みたいに並んでいて、どこまで行っても文字の匂いがする。
古紙、インク、革。
「ここが一番、変なやつが多い」
セラフィナが、さらっと言った。
「……変なやつ、って」
「孤誓隊は基本そう。普通は落ちる」
言い方が雑すぎる。
本棚の隙間を抜けていくと、奥の奥。
陰になった席があった。
そこに、黒髪の背の高い少年。180後半はあるだろう。妙に顔が整っていて絵になる。
本を片手に、もう片手で巨大な剣を磨いている。
剣は、机に置けない。床に寝かされている。
なのに扱いが丁寧すぎる。
座っているのに、視線が妙に広い。
この席から図書館の全体が見えるのが分かる。
中庭側の通路も、廊下も、誰が通ったか見える角度。
セラフィナが言う。
「黒刃クレイ」
ーー黒刃? そういえばさっきの女尊男卑の女の人と同じ姓だ。
クレイは顔を上げないまま、声だけ出した。
「へえ……来たんだ。噂の新入り」
声は軽い。
けど、笑い方が薄い。
舐めてるのが透けて見える。
(こいつ……嫌なタイプだ)
クレイは、剣を磨く布を止めて、ようやくこちらを見る。
黒目が大きい。視線が読めない。
サラサラとした黒髪を揺らして言う。
「志願兵の試験も受けずに、孤誓隊?
やるじゃん。裏口入学?」
「裏口じゃねぇ!勝手に入れられたんだよ」
「もっと最悪じゃん。かわいそ〜」
同情の形した挑発。
セラフィナが、横から軽く補足する。
「推薦。会議で決まった」
「へえ。先生たちも好きだねぇ、そういう“面白い素材”」
“素材”。
その言葉が、研究室の匂いと繋がって、胃がムカついた。
クレイは剣の側面を撫でる。
「キミ、名前なんだっけ」
「……アクラでいい」
クレイが、ニヤッとした。
「アクラ、ね。
じゃあさ――どれくらい強いの?」
試す目。
胸の糸が一瞬張る。
“戦うな”って本能が言う。
でも、引いたら終わる。
だから、勢いで返す。
「お前みたいな性格のやつなら、ぶん殴れば黙るだろ」
クレイが、笑った。
ちょっとだけ本気っぽく。
「いいね。
その返し、嫌いじゃない」
セラフィナが、ぱちんと指を鳴らす。
「はい終わり。ここで衝突させない。まだ安定してないから」
「安定って何」
クレイが首を傾げる。
セラフィナは笑うだけ。
「大人の事情」
クレイは肩をすくめた。
「ふーん。じゃ、また今度。
新入りくん、死なないでね。せっかく面白そうだから」
笑顔で言う言葉が、縁起でもない。
図書館を出る時、背中に視線が刺さり続けた。
あいつ、観察してる。
見て、測って、遊んでる。
食堂は、急に“生活”の匂いがした。
焼けたパン。
スープ。
香辛料。
肉の匂い。
騒がしい。
同世代の他の隊らしき連中も混じって食事している。
ここだけ、普通の学校みたいに見える――見えるだけ。
その真ん中で、テーブルに突っ伏してる小さい影。
水色の髪。
ちっこい。
低めの位置でツインテールをしている。
皿の前で、腕をぶんぶん振り回してる。
「やだやだやだのだーー!! 緑のやついらないのだ!!」
野菜だ。
ブロッコリーか何かを箸でつままれて、絶望してる。
周りの孤誓隊が苦笑いしてる。
「みずき、食え」
「食べないのだ!! あーしは肉だけで生きるのだ!!」
「死ぬぞ」
「死なないのだ!!」
「みずきちゃん声が大きいよぉ」
「やーなーのーだー!!!」
セラフィナが小声で言う。
「明星みずき。16歳組。面倒だけど、能力は本物さ」
みずきがこちらに気づくのは遅かった。
野菜との戦争に夢中すぎる。
でも、ふと顔を上げて、目がキラッと光った。
「え? だれ? だれなのだ?」
周りが「新入り」って言った瞬間、みずきが椅子から降りて走ってくる。速い。
「新入り!? あーしの新しいおもちゃ!?!?」
言い方。
「お、おもちゃじゃねぇ!」
「じゃあ、なに? ペットなのだ?」
「違ぇ!!」
食堂の空気が一気に軽くなる。
さっきまで胃に溜まってたものが、ちょっとだけ抜けた。
みずきは、じーーっと顔を見上げてくる。
「ふーん……つまんなそうな顔なのだ」
「お前、初対面の言い方それかよ」
「でも、目はおもしろそうなのだ」
なんだそれ。
褒めてんのか、貶してんのか。
セラフィナが、みずきの頭を軽く指で弾く。
「新入りを食べない。野菜を食べる」
「え!? ひどいのだ!?!?」
周りが笑う。
みずきが頬を膨らませる。
「じゃあ野菜食べる代わりに、あーしに甘いパンよこすのだ!」
物々交換の天才かよ。
最後は、大広場――というか、廊下が広い。
石造りの通路。
天井が高くて、声が響く。
壁には、歴代の誓刃の像が並んでいる。
その中の一つの像の横で、同じポーズを完璧に取っているやつがいた。
水色の髪。
黄色い目。
歯がギザギザ。
ポーズが無駄に決まってる。
そして、手に鏡。
「……みろォ!オレ様の美しいカラダ……ッ!」
普通に声出してる。
廊下に反響して、さらにキモい。
セラフィナが淡々と。
「清水光月」
光月が、鏡越しにこちらを見てニヤッとする。
「おっ? 新入りかァ?
オレ様の存在感にビビって声も出ねェか?」
「いや、別の意味で声出ねぇわ」
「は? 失礼だなァ!? だが正直でいいぜぇ!」
謎の許容。
光月は像から離れて、こちらに近づく。距離が近い。顔が近い。自信も近い。
「よし! まず言っとく!
この隊で一番カッコいいのはオレ様だ!」
「誰も聞いてねぇ!」
「聞け!! そして崇めろ!!」
セラフィナが、指でこめかみを押さえる。
「……このテンションが日常。慣れて」
(慣れたくねぇ……)
でも、こういう“うるさい日常”があるのは、正直助かる。
黙ると、胸の糸の感覚と、あの夜の言葉が戻ってくるから。
光月が腕を組んで言う。
「で? お前、どんな武器使うんだァ?」
「……剣だよ」
「いいねェ! オレ様も水で映えさせてやるよ!
お前、地味だからなァ!」
「初対面でそれ言う?」
「褒めてんだよ!」
絶対違う。