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「大丈夫? 食べられそう?」
僕は茜さんが準備してくれた朝食を、僕と真帆ねえのふたり分、真帆ねえの部屋まで運び込んだ。
もちろん、茜さんもシモハライさんも、大人しくリビングでご飯を食べていることだろう。
真帆ねえはいつも通りの服装と化粧で(たぶん、さっきの衣擦れ音は魔法かなにかで最低限の準備をしたのじゃないかと思う。目は泣き腫らしたあとがうっすら見えるし、髪も少しばかりぼさぼさしている)、なんとか普段通りを装ってくれているかのようだった。
「すみません。ありがとうございます、カケルくん」
朝食を目の前にして、けれど真帆ねえはやっぱりどこか気分が悪そうに胸を押さえた。
「無理してまで食べなくていいから。ちょっとずつ、食べられるぶんだけでいいからね」
すると真帆ねえは、精いっぱいといった感じの笑顔で、
「……はい」
小さく、頷いたのだった。
真帆ねえは小さなテーブルを用意してくれていた。
そのテーブルを挟んで、僕らは向かい合って食事を摂る。
この家では普段、朝ごはんといえばご飯に味噌汁、焼き魚が定番だ。
あとはここにヨーグルトや果物が付くのだけれど、茜さんが用意してくれたのは珍しくトーストにイチゴとバナナが数切れだけだった。
たぶん、真帆ねえのことを気遣って、あえて少なめにしているのだと思う。
けれど真帆ねえは、そのトーストには手を付けず、添えられたイチゴをひと口、ふた口、ゆっくりとしたペースで口に運んだだけだった。
そんな真帆ねえのことが、僕は本当に心配でならなかった。
真帆ねえだけじゃない。
お腹の赤ちゃんの発育にも悪いんじゃないか、そんなことを考えてしまう。
けれど、今の真帆ねえに無理強いすることなんて、できるはずもない。
「……もう、いいの?」
僕が訊ねると、真帆ねえは軽く笑って、
「もう、お腹いっぱいです。カケルくん、代わりに食べてくれますか?」
「……うん」
僕は頷き、残された真帆ねえのトーストとイチゴ、バナナまで全部平らげる。
そんな僕の食べる姿を、真帆ねえは微笑みながら、けれどどこか陰鬱とした様子で見つめていた。
「たくさん食べて、立派な大人になってくださいね」
そんなことをいう真帆ねえに、何故だろう、僕は、
「――まるで母さんみたいだね」
その瞬間、真帆ねえは小さく眼を見張った。
それからすぐに寂しそうな笑みを浮かべて、
「私はカケルくんを預かっている身ですから。カケルくんのお母さん代わりにならないと」
「……それなら、お腹の子は僕の弟か妹ってことになるね」
「確かに、そうなりますね」
ふふっと笑みをこぼす真帆ねえ。
そんな真帆ねえに、僕はさらに踏み込む。
「僕は、真帆ねえだけじゃなくて、その弟か妹のことも心配だよ」
責めるつもりは毛頭なかった。
けど、これは改めて思えば悪手のひと言だった。
途端に真帆ねえは肩を落として。
「――ごめんなさい、こんな心の弱いお母さんで」
愛おしそうに、大きくなったお腹を撫でながら、真帆ねえの頬を涙が伝った。
しまった、と僕は後悔する。
慌てて真帆ねえのお腹に手を伸ばして、その顔を覗き込んだ。
「真帆ねえは弱くなんかないよ。そんなこといわないで」
それでも、真帆ねえは深いため息を吐いてから、
「……どうしても、ずっと考えてしまうんです。本当にこの子は、私のところに命を宿して幸せになれるんだろうかって。せっかくの命を、私は不幸にさせてしまうんじゃないかって。もしかしたら私、子供を産む資格なんてないのかもしれません――」
「そんなことないよ」
僕は、はっきりと口にする。
「真帆ねえは、きっといいお母さんになれる。僕が保証する」
「でも――」
「少なくとも、僕は真帆ねえと暮らせて、すごく幸せだよ」
それから僕は、真帆ねえのお腹を軽くさすりながら、
「――大丈夫。キミのママは、強い人だから。絶対に、大丈夫」
何に対しての大丈夫なのか、それは僕自身にもわからなかったのだけれど。
真帆ねえはそんな僕の頬に、そっと手を伸ばしてから、
「ありがとう、カケルくん」
優しく僕の頬を撫でて、小さく微笑んだ。
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