テラーノベル
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7
ぱたり、と真帆ねえの部屋の扉が閉まった。
僕の手にはふたり分の空き皿ののったお盆がふたつ。
僕はそれを持って、落とさないよう注意を払いながらリビングへと向かった。
「だ、大丈夫だったか? 真帆は、どんなだった?」
開口一番、心配そうに眉をひそめるシモハライさんに、僕は「大丈夫だよ」と答えながら、持っていたお盆を押し付けた。
「そ、そうか? なら、いいんだけど……」
ふたつのお盆を手に、それでもなおオロオロした様子のシモハライさんはどうにも頼りなくて。
元々こんなに慌てるような人ではなかったと思うのだけれど、初めてのことで、思っていた以上に焦ってしまっているのだろう。
……たぶん。
「落ち着いてよ。シモハライさんまでそんなんじゃ、真帆ねえも安心できなくなるでしょ」
「あ、あぁ、うん。そう、そうだな、うん」
「とりあえず、食器洗い、頼んでいい?」
「あ、あぁ、もちろん」
「僕はちょっと、茜さんと話をするから」
「え。俺は?」
「シモハライさんはあとでね。まずは食器洗いで心を落ち着かせてきてよ」
「お、俺、そんなに頼りないか?」
「頼りないかどうかよりも、焦って落ち着かない感じ。まずは落ち着かないと、まともな対処も出来ないでしょ?」
するとシモハライさんは、「そ、そうだよな、うん、わかった」と口にして、どことなく覚束ない足取りで、キッチンへと向かうのだった。
僕はそれを見送り、リビングのソファで僕たちのやり取りを見ていた茜さんの隣に腰かけた。
「お疲れ。さすがカケルくん、頼りになるね~」
「どういたしまして。そういう茜さんも、意外に落ち着いてるよね」
「慌てるのはシモハライさんだけで十分でしょ。あの人が慌ててるぶん、なんだか落ち着いてきちゃうんだよね」
カケルくんも一緒でしょ? と笑う茜さんに、僕も思わず、「だね」と口を綻ばせてしまうのだった。
「どう? 真帆さんの体調は。ちゃんと食べてくれた?」
「ううん、いちごをふた口だけ。あとは僕が代わりに食べたよ」
「そっかそっか。まぁ、無理して食べてもね」
「あと、だいぶ自分を責めてる感じ」
「そうだね。ここ数日、ずっとうじうじしてる感じだったから、あたしも気づいてた」
「どうしたら、真帆ねえの気持ちを軽くしてあげられるんだろう」
「う~ん、どうだろ。妊婦の気持ちはあたしにはまだわかんないし、久しぶりに母親に連絡して、あたしがお腹にいた時はどうしてたか聞いてみようかなぁ」
「ほんとに? おねがい、茜さん」
「おうおう、任せて任せて。あんな真帆さんの姿、あたしも見てたくないしさ、ちょっくら電話してくるね~」
そう言い残して、茜さんは軽く手を振り、リビングから出ていった。
あとに残された僕は、隣のキッチンでシモハライさんが食器を洗っている音を耳にしながら、これから自分にできることを思案した。
それと同時に、昨夜も見たあの夢の中の黒い影の正体について考える。
もしあの黒い影が真帆ねえの抱える不安に繋がっているのだとしたら、夢の中で僕にできることがあるんじゃないだろうか。
黒い影はまるで光を守るように存在していたけれど、果たしてあの黒い影はなんだったのだろうか。
真帆ねえにとって、あの黒い影はどんな存在なのだろうか。
心の闇そのもの、とか、そんなわかりやすいものって感じでもなかったし……
もう一度、あの黒い影と会えばわかるだろうか。
話しかけて、触れてみれば、もしかしたら、或いは――
僕は軽くため息を吐き、瞼を閉じる。
もしここで眠ることができれば、もしかしたらあの黒い影に再び会うことができるだろうか。
真帆ねえの夢の中に、もう一度入ることができるだろうか。
僕は何度か静かに深呼吸をして、心を落ち着かせる。
胸の中に広がる思いに照準を合わせて、強く念じた。
――夢の中へ。
まぁ、こんなことで夢の中に入り込むなんて、できるはずもないか……
思いながら、再び瞼を開いてみれば。
「……えっ」
そこには、どこまでも続く真っ暗闇と、その闇の中で光を守るようにして覆い被さる、あの黒い影の姿が眼前にあったのだった。
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