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夕暮れのオレンジが、階段の影を深く伸ばしている。靴箱のあたりは、もう人が少なかった。
日下部は、壁にもたれかかるようにして座っていた。
鞄は足元に置いたまま。肘を膝に乗せ、顔を伏せている。
吐き気は、もう何度目かわからない。
喉の奥が焼けるように重く、奥歯を噛みしめても、震えは止まらなかった。
(……笑われるのはいい。痛いのも、慣れてる。けど……)
あの目──遥の、あの目だけは、
どうしても、堪えきれなかった。
「なんで……見てたんだよ……」
誰に向けたわけでもない言葉が、くぐもった声で漏れた。
怒っていたわけじゃない。
恨んでいたわけでもない。
ただ──ただ、悔しかった。
自分が情けなかった。
遥の目に、自分がどう映っていたかを思うと、
息が詰まりそうになる。
(あいつは……俺のこと、軽蔑したよな)
そんなふうに考えてしまう自分が、いちばん嫌だった。
「違うって、言ってくれよ……」
でも、声は出ない。
姿も、もう見えない。
遥は──いつのまにか、昇降口を通らず、先に帰っていた。
──その頃、教室では。
「……さすがに、あれはちょっとやりすぎだったんじゃね?」
「え? なにが?」
「日下部。てか、最近あいつもなんか“ウケる”感じじゃね?」
「わかる。なんか……遥とセットで扱いやすいっていうか」
「でもあいつ、ムカつくよな。変に正義ぶってたくせに、黙って見てたし」
「そうそう。“どっちつかず”がいちばんウザいっつーか」
蓮司は、席で教科書を閉じながら、
その会話のやりとりを、ただ静かに聞いていた。
笑いもしない。口を出しもしない。
──ただ、その空気が、自分の流した“火”であることを知っていた。
「巻き込まれたくないって? でも、もうとっくに“おまえの番”なんだよ、日下部」
心のなかで、蓮司はそう呟いた。
遥と日下部。
「どちらも“中途半端に綺麗”だからこそ、壊しがいがある」
──自分だけが、知っている。
あの二人が、“一緒にいることで壊れる”ように設計されているということを。
誰もがそう思うように、
誰もが「正しさ」や「同情」すら疑うように、
ゆっくり、確実に、次の地雷を──蓮司はもう、埋めはじめていた。