家に戻った奈緒は、すぐにシャワーを浴びてから実家に帰る支度をする。
二泊分の着替えと化粧品をバッグへ詰めると、マンションを出た。
途中、駅ビルで手土産を買ってから千葉の実家へ向かう。
実家のある最寄り駅に到着してホームに降り立つと、潮の香りがした。懐かしい匂いだ。
奈緒はその懐かしい匂いを大きく吸い込んでから、改札を出て駅のロータリーへ向かった。
ロータリーの隅には見覚えのある車が停まっていた。
母の聡美が迎えに来てくれていた。
奈緒は車に駆け寄ると、助手席のドアを開けて乗り込む。
「お母さん、迎えありがとう」
「お帰り奈緒」
久しぶりに娘の顔を見た聡美は、ホッとしていた。
最後にあった時よりも娘の顔は少しふっくらとして顔色も良かった。
そして実家までの短いドライブの間、話に花が咲く。
母の聡美は、娘の新しい職場や引っ越し先についてを、あれこれと質問する。どれも明るい話ばかりだ。
実家へ到着してからも、お喋りは続いた。
奈緒が手土産に買って来た洋菓子とアイスコーヒーを前に、お喋りは延々と続く。
しばらく話が続いた後、突然母の聡美が奈緒の指輪に気づいた。
聡美はかなり驚いているようだ。
「奈緒! その指輪は?」
そこで奈緒はハッとする。本当は駅に着いたら指輪を外してバックにしまうはずだったが、すっかり忘れていた。
奈緒はうっかりミスをしてしまった自分を恨む。そしておずおずと話し始めた。
「あのね、今、付き合っている人がいるの」
「まぁ!」
聡美は驚きを隠せない。
「ど、どんな人なの?」
「同じ会社の人。凄く優しくてとってもいい人よ」
「新しい職場の人なのね。やだ、お母さんびっくりしちゃった! だってあなたまだ転職したばっかりじゃない?」
「うん。自分でも驚いてるわ」
はにかむように笑う娘を見て、聡美は感無量だった。
「で? 結婚とかはどうなの? 真面目に付き合ってるんでしょう?」
「付き合い始めたばかりだから、まだわからないわよ」
「でも付き合うまでが早かったじゃない? だからトントン拍子に進むかもしれないわよ?」
「フフッ、そんなに簡単にはいかないわよ。お母さんったらせっかちね」
奈緒がクスクスと笑うのを見て、聡美は幸せそうな娘の笑顔に胸がいっぱいになる。
そしてなぜか確信のようなものを持った。
今、自分の娘はその男性に愛されていると。
(神様……娘を救って下さってありがとうございます)
聡美は心の中で感謝をした後、娘を質問攻めにする。
「で? その人と初めて会ったのが今の会社なのよね?」
「ううん、違うよ。お母さん覚えてる? 大雪が降った日、私が海に指輪を探しに行ったのを」
「もちろん覚えているわ。あんな大雪の日に馬鹿ねって思ってたもの」
「お母さんひどいっ! でもね、実はあの時に知り合ったの」
「という事は海で?」
「そう。それでその後転職先にその人がいたの」
「えっ? 海で偶然会った人が同じ会社にいたの? へぇ~そんな偶然ってあるのね~。なんかドラマみたいねぇ。で、今の会社でその方はどんなお仕事をしているの?」
その質問を聞き、奈緒は交際相手が会社の経営者だという事は伏せる事にした。
その代わりにエンジニアだと嘘をつく。
「へぇ~、エンジニアならいいじゃな~い。今ああいう職種って引っ張りだこらしいわよ。前に職場の同僚が言ってたわ」
「うん、だから凄く忙しいの」
「やっぱり! じゃあ我儘言って困らせないようにしないとね」
「うん、わかってる」
そこで聡美が感慨深げに言った。
「それにしてもまるで運命みたいだわね~」
「運命?」
「そう。だって全然知らない二人が偶然出逢うのよ。それも二度も!」
それは昨夜省吾が言っていた事と同じだった。
母に言われてみて、改めてそうなのかもしれないと奈緒も思う。
こんなに喜んでいる母親を見るのはいつ以来だろう?
奈緒は省吾の事を報告しただけで、こんなにも喜んでくれる母の姿を見て、ほんの少しだけ親孝行が出来たような気がした。
その後は職場の話に移る。
奈緒は新しい職場の素敵な先輩二人の事を、聡美に話して聞かせた。
「へぇー素敵な先輩方ねぇ。お母さんも会ってみたいわ~」
すっかりお喋りに夢中になっていると、いつの間にか日が暮れかかっている。
その夜奈緒は、近所にある昔からの馴染みの寿司屋へ行き、母に寿司をご馳走した。
奈緒の里帰り一日目は、こうして楽しく過ぎて行った。
コメント
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素敵なお母さんだね私は両親がいないから…マリコさんの作品細かい部分まで書いてる暇な時間帯見つけないとねぇ笑っ
マリコさま 毎日3話づつの更新ありがとうございます 省吾さんからのルビーの指輪を見て 奈緒ちゃんを見て、話を聞いてお母さんほっとしたのではないかと思ってます 奈緒ちゃんすごい親孝行ですね👍
お母様の娘を想う気持ちに、じぃーん🥹🍀🍀🍀