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朝のHR直後。
担任が教卓の前で、少しだけ眉をひそめて言った。
「……最近、クラスの風紀が乱れているって話が出てる。特定の行動を取った人間がいるとしたら、みんなの迷惑になるよな。空気って、大事だから」
何の名指しもない。ただ、曖昧なその言葉が、その場にいた全員に一瞬で伝わる。――“あの二人”だ、と。
誰かが机を「コン」と叩いた。咳払いが、間に合わせのシンバルのように響く。
遥の机の横の床に、白いチョークの粉で描かれた線。四角く囲まれていた。そこから出たらどうなるのかは、誰も言わない。ただその線の意味を、全員が共有している。
「越境者には罰を」
黒板の隅に、誰かがそう書いた。教師は一瞥しただけで何も言わない。
日下部の机は、遥と離されて教卓のすぐ前に置かれていた。視線の集中地。動物園の檻の前。
休み時間、誰も口をきかない。ただ時折、囁くように笑い声が流れ、それがまるで上空から吊るされた針のように、二人の頭上に刺さってくる。
飲み物のストローが曲げられて突き刺されていた。遥の机の中に。日下部の椅子の足元には、画鋲と使い古しの包帯。
日下部が何かを拾おうと屈んだとき、背後で「加害者がなにしてんだよ」と誰かが言った。
遥の背筋が冷たくなる。そこに怒気も侮蔑もない。ただ、まるで“当然”のように。
言い返せない。日下部も口を開かない。ただ遥の手だけが、机の下で震えていた。
保健室に逃げたくても、「いじめられてるんじゃないんです、加害者扱いされてて」と説明する術がない。すでに教師も、教室内の“秩序”を黙認している。
昼休み。机の上に置かれた小さなメモ。
「明日の罰は声出しゲームです。加害者らしくしっかり反省の言葉を叫んでください」
鉛筆書きで、筆跡は丁寧すぎて気味が悪い。
蓮司はその輪の中心にいない。だがすべてを“知っている”顔で、誰かに笑いかける。無関係のふりをして、遥の方をちらりとも見ず。
遥は、自分の中で何かが削れていく音を聞いた気がした。
「俺が全部悪いんだ」
「日下部まで巻き込んだ俺が」
思考の底で、音もなく何かが軋む。
次第に、遥の心の中で「自分は確かに加害者だ」という考えが、静かに芽吹いていく。