テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#シングルファザー
「え? い……いいの……?」
まだ潤んだままの瞳を丸くさせている美花が、迷っているように圭と視線を交えた。
控えめな彼女の反応を見た圭は、美花は男慣れしていないのだろう、と思う。
先ほども、数年以上に付き合っていた恋人は、初めての彼、とも言っていた。
「今月から来月の初旬までは、忙しいから厳しいが、中旬あたりには仕事が一旦落ち着く。スマートミュージックも、いよいよ大詰めなんだ」
「……あのアプリ、完成に近付いているんだね」
「……ああ。完成まで、もう少しだ」
繋いだままの白皙の手を、圭はそっと握りながら、美花に柔和な眼差しを注ぐ。
「DTMerのHanaとしての君を、仕事を通じて、ある程度は知っているつもりだが、俺は…………」
彼が、薄茶の潤んだ瞳に語り掛けるように、視線を交える。
「…………浦野美花としての君を…………もっと知りたい」
圭は美花に、率直な気持ちを伝えてみたものの、彼女はクリッとした瞳を瞬かせている。
こんな事を言われたのは初めてなのだろうか、美花は黙ったままだ。
「…………う…………嬉し……い」
やがて、大きな瞳は三日月のように描かせ、小さな唇をフワリと開花させる。
「じゃあ…………仕事が落ち着いたら、すぐに君のアプリに連絡するよ。いいか?」
「うっ…………うんっ」
可憐な花を咲かせたような笑顔を、美花から向けられた彼は、安堵したのか、フゥッと大きく息を吐き切った。
デートに誘うだけなのに、変に緊張してしまった自分に呆れてしまう圭。
だが、美花から拒否されなくて良かった、と思う。
圭が腕時計を見やると、時刻は、そろそろ二十一時になろうとしていた。
「さて、すっかり遅くなってしまったな……。大分寒くなってきたし、そろそろ帰ろう。君の家まで送るよ」
名残惜しい気持ちではあるが、美花とデートするまで、仕事に邁進するのみ、だ。
「ありがとう、おにーさん……」
二人はベンチから立ち上がると、圭は、さり気なく美花の手を取り、ゆっくりと歩き出す。
彼女の肩には、圭のスーツの上着が羽織われたまま、のんびりと時間を掛けて、美花の自宅まで歩く二人。
三十分ほどで美花の自宅に到着した。
「おにーさん、送ってくれて、ありがとう。帰り、気をつけてね」
「ああ。仕事が落ち着いたら、すぐに連絡する」
美花が上着を脱いで圭に手渡すと、彼は細い指先をじっと見つめた後に受け取り、袖を通した。
彼女の温もりが、圭の身体に溶け込み、じんわりと馴染んでいく。
「じゃあ、行くよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
背中に美花の眼差しを受けながら、圭は笑みを滲ませ、自宅へ向かった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!