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この世界にはカバールの様に数多くの小さな村が点在しているが、巨大都市と言える街は数える程度だ。今回受けたクエストの目的地である『時計都市チェアス・マキナ』はその中の一つで、ノトスの森からは遥か遠い、西方の最果てに位置している。天然資源にも恵まれたチェアス・マキナは時計都市を名乗るだけあって、メインとなっている産業は時計や機械工学に関わる物が多く、街のデザインは時計やゼンマイ仕掛けを意識しているものがほとんどだ。先進的な貿易をメインとしているのに街の様子はレンガ造りの建物が立ち並び、石畳の道路を走る自動車は十九世紀の欧州で走っていた物ような形をしており、暮らしている人々の衣装もその頃に近い。所々スチームパンクテイストも混じる街並みは様々な者達から高く評価されており、観光地としても人気がある。
——が、そんな一見の価値ありな素晴らしい街並みを一切見る事なく、焔達一行は今、廃墟と化した森の奥にある病院の前にずらりと並んで建物を見上げている。
ノトスとは全く違う地域なおかげか天気がとても良く、雨具を着たままではフードを脱いでも少し暑い。眩しい日差しが軽く目に刺さり、リアンと五朗が眩しそうに瞳を細めてた。
「……こんな僻地に病院なんか建てて、関係者は何がしたかったんだ?」
「いやぁ……そもそも、建った当時から廃墟なんじゃないっすか?此処って『ゲームの世界』っすからね」
今回彼らが受けたのは転職専用のクエストなので、冒険者ギルドから現地までは転移魔法をおかげで一っ飛びに到着出来てしまった。クエスト慣れしている者や移動の時間が苦痛に感じる者にとってはありがたい仕様なのだろうが、コレが初めて受けたまともなクエストであった三人と一冊にとっては何だか色々と物足りない。目的地を見失って迷子になったり、途中で見知らぬ村に立ち寄ったり、敵を倒して経験値を稼ぎつつ目指す道中も、また冒険の楽しみなのに。
「扉を開けたら即目的地というのも風情が無いなぁ。しかも鬱蒼とした森に囲まれた廃病院の目の前だとあっては、余計にだ」
「幽霊とかも出そうっすよね。心霊スポットとして検索サイトの上位に上がってきそうなレベルっすよ」と言って五朗がブルッと震える自分の体を軽く抱きしめる様な仕草をした。
『おや、五朗さんは幽霊の類が怖いんですか?』
「怖く無いっすよ!いつだって生きている人間の方がよっぽど恐ろしいっすからね。ただ……純粋に気持ち悪いじゃ無いっすか、打ち捨てられた廃墟って。しかも病院って!」
『さぁ?ワタクシにはサッパリ』
そう答え、ソフィアが軽く体を横振った。
「さて、じゃあさっさと済ませるか」
腕まくりをするみたいな動きをし、焔が一歩前に進む。するとリアンが彼の肩をそっと掴み、「主人、まずはお着替えを」と声を掛けた。
「……着替え?何故じゃ」
「アレです」と、リアンが建物をぐるっと囲んだ有刺鉄線を指さす。錆び付いてはいるが、ビッシリと張り巡らされたそれは容易く避けられるものとは思えない。そしてそのど真ん中には一枚の看板がストンと地面に立っており、そこには『関係者以外立ち入り禁止』の文字が、怨念じみた文字で書かれていた。
「『関係者以外立ち入り禁止』とありますよね?今のままの我々では、『関係者である』とみなしてはもらえず、弾かれるのがオチでしょう」
「あ!だから受付のオッサンが何か売りつけてきたんっすね?」
「正解です。察しがいいですね、五朗のくせに」
さっきからペラペラと焔の言葉に対して自分よりも先に反応していた五朗に対し、リアンが仄暗い笑顔を向ける。これはかなりご立腹の様子だ。
「……意味不明な流れで塩対応しないで下さいよ」
一歩分二人から距離を取り、五朗がソフィアの後ろへと回る。負のオーラから隠れているつもりでいるが小さな洋書の背後では当然丸見えなままだった。
「ソフィアさんはこちらを。五朗はこれで、私はサイズ的にこれがいいですね」
『ワ、ワタクシの衣装もあるのですか?』
表情的なものに変化は無いが、ソフィアの声はとても嬉しそうだ。
「えぇ、ありましたよ。受付の者は見かけによらず気が利きますね」
『今度またお会いしたら、お礼を言わないと』
「その時はお供しますよ!」と手を挙げながら、五朗がリアンから着替えを受け取った。
「主人はこちらをどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
不自然な程眩しい笑顔を振りまきながら、綺麗に畳まれた衣装をリアンが焔に渡す。あまりに整い過ぎた笑みのせいで焔は一瞬不信感を胸に抱いたが、気のせいだろうとあっさり流した。
「外じゃあ普通に着替えるのは同性でもちょっとアレなんで、荷物の中にぶっ込んで、操作パネル経由でやっちゃいますか」
「そうですね。主人の肌を見せずに済みますし、是非そうしましょう」
意外に良い事も言えるじゃないか!と言いたそうな顔でリアンが五朗に同意する。ちょっとだけ彼の中で五朗に対する株が上がった様だ。
リアンと五朗がそれぞれの操作パネルを出現させ、焔の衣装に関してはソフィアが手早く作業を始める。すると一瞬で着ていた装備の見た目だけが変更された。
『現在着ている装備の性能はそのまま維持し、見た目だけを変更させるモードを使用しまし……た……?あれ?あの……リアン様?……主人の衣装は、コレで正解なのですか?』
不思議に思いながらソフィアがリアンに問い掛けたのだが、当の彼は医者みたいな白衣を着た姿で祈るみたいに手を組みながら瞳を輝かせている。その様子を見て、『コレで正解。なのですね……』と、ソフィアは答えを聞く前に悟った。
「……脚がスースーするんだが」
「仕様です」
「……下がかなり短くないか?お前と違って、似合っていないと思うんだが?」
「いいえ、脚のラインがとてもお綺麗ですよ」
「や、それ以前に、その衣装って、女せぃ——」とまで言った辺りで、ソフィアに顔面を叩かれ、五朗が「ふぐっぁ!」と叫ぶ。だが、いつもの洋書の姿とは違って今は電子化される前のカルテの姿に変化していたおかげで、叩かれてもたいして痛くはなかった。
「……ソ、ソフィアざん……そのお姿もふつくしいっすね」
噛み噛みになりつつ、うっとりとした顔でソフィアを見上げる五朗は薄緑色をした病衣を着込んでいて、手には点滴スタンドを掴んでおり、頭には包帯まで巻いているせいで完全に重病の入院患者だ。
焔の方はといえば、全てが桜色をした、一昔前のナースキャップとスカートタイプのナース服を身に纏っている。実際にあるよりもかなり短めなスカートの下からは真っ白なガーターリング付きのオーバーニーソックスが、足には少し高めのヒールをした靴を履いていて、真面目に働く看護師の方々を連想するには程遠い姿である。コレでは企画モノのAVにでも出て来そうな雰囲気だ。
「……あの受付の男が、コレを渡してきた……のか?雰囲気的にも女性モノ、じゃないか?」
「きっと間違ったのでしょうね!」
腕を軽く上げ、キョロキョロしながら焔が自分の姿を確認する。
焔の事を『坊や』と呼んでいた巨漢の受付の男が女性物を入れたとは思えない。急いでいて取り違えたしてはデザインがアレだ。胡乱に思った焔がジト目っぽい顔でリアンを見たが、あまりに嬉しそうな顔と目が合ってしまい、彼は何だか色々とどうでもいい気持ちになってきてしまった。
「……まぁ、こんな格好だろうが別に不都合は無いし、早速行くか」
「はい!」
建物を見上げ、仁王立ちする焔の横へ医者の格好をしたリアンが嬉しそうに並び立つ。すると建物の周囲を覆っていた有刺鉄線が消え、やっと建物に近づけそうな雰囲気になった。
(あ、いいんだ。絶対にリアンさんが何かしらしたのが見え見えなのに、その辺の追求はいいんだ!主人さん、格好は完全に『彼氏にナース系のコスプレをさせられてマジで襲われる寸前の据え膳スタイル』なのに、何でか漢らしいなぁ!)
絶対に口には出来ない事を心の中だけで五朗が叫ぶ。流石にコレを声にしたら、間髪入れずに死ぬとわかっているみたいだ。
「……扉に罠は、無いっすね」
高レベルの山賊が持つサーチスキルを使い、罠が無いかを確認してから、そっと五朗が正面の入り口であるヒビの入った硝子製の扉を開けた。索敵をしつつ五朗が前に進み、二人と一冊がそれに続く。山賊は決して前衛向きの職業では無いのだが、他が召喚士とその召喚魔、魔導書兼任のソフィアとあっては自然とこの配置になった。別に焔が真正面でも戦闘能力的には全く問題は無いのだが、焔は『いいや俺が先頭だ』と言って前に前にと出るタイプでは無いのでこのまま進む事になりそうだ。
「大怪我していそうな風貌の自分が真ん前とかって、見た目がアレっすねぇ」
『アレとは何ですかアレとは。具体的に説明しないと、万人には分かりませんよ?それに、他には誰も見ていないんですから、そもそも問題がありません。なので真っ先に敵や罠に当たって、砕けて下さい』
「塩!」
『……や、だからですねぇ——(それらの表現ではわからないと、何度言えば理解するのやら)』
「足場が悪いので気を付けて進んで下さいね」
「このくらい平気だ」
手に手を取り合いながら、焔とリアンが瓦礫を避けながら前に進む。まるで昭和中期を思わせる古い内装をした院内は薄暗く、所々ある剥がれたタイルが足元を不安定にさせている。待合所に並んでいるはずの椅子は転がっていて障害となり、外は清々しい程の快晴なはずなのに、何故か院内では隙間風の音がビュービューと聞こえていた。壁紙はあちこちが剥がれ落ち、崩れ、道が塞がっていて通れなさそうな場所も多そうだ。
「さてと、何処へ向かえばいいんだろうな?」
「この手のゲームの王道としては、奥へ進むのが正解っすよね。進める範囲はどうせ決まっていますから、片っ端から試すしか無いっすよ」
『おや?早速正解ルートっぽい場所がありますよ?』
ソフィアが入り口に掲げられた看板に気が付き、指差すみたいに体を揺らした。
“関係者以外立ち入り禁止”
「またコレか」
扉を開けようと、焔が引っ張ったり押したりするがビクともしない。もちろん『コレは引き戸でした』というオチも無く、何をしても完全に無反応だ。
「この格好なだけでは無理だとなると、お手上げだな」
「どうやらセキュリティキーを集なければいけないみたいですよ。扉の横にある機械にかざせば開くみたいです」
すぐ近くにあった読み解き難い説明が書かれたパネルを解読し、リアンが焔に教える。
「ホラーアクション系やRPGではあるあるな仕組みっすね。光りそうな部分が四つあるから、コレは四種類集めないとダメそうっすよ」
マジマジと仕掛けを見て五朗がそう判断する。詳しい者が二人に増え、焔は心強い気持ちになった。
「じゃあ、敵の気配も今はまだありませんし、二手に分かれませんか?」
(いきなりの悪手!どうせアレですよね、流れ的にもリアンさんは主人さんとのコンビを希望っすよね?自分もソフィアさんと組めるのはめっちゃ嬉しいっすけど、何ならトイレの個室にでも連れ込みたいくらいな気持ちっすけど、でもでも力配分偏り過ぎっすよ?そんな状態でめっちゃ強い敵とかが不意に出たらどうするんすか⁈——って、『自分で倒せ』で終わるんだろうなぁ、うんっ知ってた!)
とも言えず、五朗が渋々「……了解っす」と答える。
「あ、でも『救援』を出したら絶対にコッチ来て下さいよ?自分所詮はまだ山賊っすからね?高レベルっても、戦闘力はたかが知れているし、今の武器なんか何でか点滴スタンドっすからね⁉︎——いやもう、コレでどう戦えと!」
『普段ですら鉈ですからねぇ、大差無いかと』
「ってか、ソフィアさん居ないと召喚士な主人さんも、召喚魔なリアンさんに指示出せないんじゃ?」
「あぁ、私は主人を守る為ならどんな手段を駆使してでも戦うのでご心配なく」
自分で勝手に魔法やスキルを使えば、焔の指示経由では無いせいで消費魔力は大幅に増えるし威力も劣る状態ではあるのだが、基礎となっている能力や威力が極端に高いので、危惧する程には支障が無い。それに、後の魔力補充行為が楽し——以下略。
「俺が敵を殴ればいいだけだからリアンは使い物にならんでも平気だ、問題ない」
「いいえ!全身全霊でお守りいたしますよ、主人」
背筋を伸ばし、リアンが自分の胸を拳で軽くトンッと叩く。
「そうか、じゃあ頼む」
易きに流れ、焔はあっさりとリアンに丸投げした。
「わ、わかりました……そこまで言うなら、自分は右側の棟を探索して来るっす。なんで、外観的に広そうだった左棟の方はそちらでお願いします」
「お前が仕切るな。だが、まぁいいだろう。反論は無いからこちら側は任せておけ」
焔の軽い叱責で『ひぅっ』と喉を鳴らし、逃げるみたいにして五朗が右棟の方へと駆け出して行った。
『おや、あの男はよく喋るくせに怖がりですねぇ。ではリアン様、主人をよろしくお願い致します』
「はい。怪我の一つも無しに再会させるとお約束しますよ」
微笑み合うみたいに見詰め合い、ソフィアがふわふわと五朗の後を追う。そんな彼らを見送ると、焔は「じゃあ俺達も『何たらきぃ』とやらを探すか」と改まった顔で言った。
「探すのは、『セキュリティキー』っぽい物ですよ」
「そうだったな。じゃあ行こう」
「はい」と和やかに答え、左棟の方へ向かう焔の後に続く。天井からぶら下がっている案内板にリアンが目をやると、そこには『心療内科』と書かれていた。