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ここ、真成国《しんせいこく》の都、圭羅《けいら》の中心を貫く大路から市《いち》が消えた。
小麦や塩など生活で必要はものは、この大路沿いに立つ市で売られている。
明日は王の婚礼の日。
市も警備の邪魔になると、軒並み取り除かれてしまった。
生活の糧を閉ざされても、お輿入れの行列がお通りになるのだと、人々はまるで自分のことのように喜んでいた。
お相手は東の国、寧国《ねいこく》の王女――、王の妹姫様がお輿入れなさるのだと――。
かの国は、生糸《きいと》を量産していた。良質の絹織物は、どこの国も、喉から手がでるほど欲しい代物で、だからこそ、寧は数ある小国の中でも君臨できた。
その国と縁続きになるのだ。生糸や絹織物も当然流れてくるだろう。
自分達の国も、これで裕福になれると民は期待していた。
確かに、真成国では、金や水晶など鉱石が採れるわけではない。
海に面しているわけでもないので、塩の精製もできない。
あるのは、まだ、真未《まみ》族と呼ばれていた遊牧民時代の名残といえる、優れた騎馬団と情け容赦ない戦法を好む王のみ――。
他国と取り引きできる要素が欠けていた。
今回のことは、戦にたけた真成国が、脅威にならないようにと謀られた婚礼だった。
寧国は、陸の王者、明国に隣接し、古くから朝貢関係にある。
この時代、領土を「国」として世に認めさせるには、最強国である明に服従し、朝貢関係を結ばなければならなかった。
明に認められ、初めて、諸国と対等に交易が交わせらるのだ。
それほど、影響力のある大国にも、頭を悩ます事がある。
国境に集まる、遊牧民の対処だった。
近年、「国」として成り立とうと、遊牧民間の部族闘争が絶えない。
真成国も、その中で立ち上がった国。
力でねじ伏せ、領土を作りあげた者は、明国にとって、喜ばしき客人とは言い切れない。
いつ、その武力で、反逆の刃を突き付けてくるかわからないからだ。
そこで、より深い服従をと――、真成国に寧国と縁戚関係を求めたのだ。
拒めば、真成国のような新国は、命とりとなる。
……もちろん、ジオンは、すべてを承知している……。
重鎮たちの期待も。民の期待も。
王として、痛いほど感じていた。
これからは、戦は国を支えるものにはなりえない。
だからといって……。
婚礼で何が変わるのだろう。
浮き足立つ周囲とは裏腹に、ジオンは鬱鬱と過ごしていた。
そして、ぼんやりと空を眺めている。
大臣達の考えは正しい。
しかし、自分の代が終われば、この国は、飲み込まれてしまうだろう。
縁家だからと、たちまち寧に属国として組入れられる。
後ろには、明がいる。きっと、そうなるに違いない。
あらゆる危険を冒して、手に入れた封土が、縁戚とやら言葉のあやで、あっさり他国に奪われ……幕を閉じるとは。
ジオンは、円満の笑みをたたえた高官や、宦官達から逃れるように私室にこもり続けた。
そして、一人、どうしても拭いきれない思いに、押し潰されている。
ミヒは、明日の婚礼を許してくれるだろうか。
また、あの夢を見ているのだろうか。
国土の行く末もだが、ジオンには、ミヒの憂いのほうが、気がかりだった。