テラーノベル
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その日のことを、私は実に鮮明に覚えている。
そうあれは、23歳の夏、10年に一度ともてはやされる様な暴風雨の中での出来事だった。
なんの因果かは知らないが、私は外をほっつき歩いていた。大雨の中を、特に何の理由もなく。
…いや、何か理由はあったのかもしれない。けれども、ふと気づいた時にはその理由らしい理由も私の脳内から立ち消えになり、もやがかかったように曖昧になってしまっていた。
私がふと気がついたのは、歩道橋の上だった。
雨具もつけず、傘もささずに、何故、私はそこにいた。
自分が何者かは、はっきりと覚えていた。現に、年齢を開示しているし、住所も、両親の名前すらも、この上なく記憶に植え付けらており、何一つ欠如は見当たらない。
しかし、私がなぜここにいて、何を為そうとしていたのか。という至極真っ当な記憶だけが、私の中に存在していなかった。
—雨に濡れた信号機が、その顔を赤面させた時、私は再び正常に動作した—
歩道橋を下り、家から最寄りのコンビニを通り過ぎ、信号を三つ行ったところで、ふらりと路地裏へ体を滑り込ませた。多分誰にも知られていない、私だけの秘密の道。
自分だけ。という優越感に、年甲斐もなくはしゃいでしまう私を俯瞰していた私が冷笑を浮かべたのを無視して、私は路地を進んだ。
雨が容赦なく私の体にぶつかり、するりと伝って地面とキスをする。
足を前に出す度に。ぱしゃりと雨粒が跳ね、私を小さく濡らす。
コンクリートの匂いが鼻腔をつんと突くのを、今更ながらに感じた。
見上げれば、ねずみ色の厚い雲が空のずうっと向こうの方まで我が物顔で覆っているのが目に入った。
視点を前に戻す。
そしてその時、私はようやく路地に先客がいたことを認識した。
優越感がガラリと音を立てて崩れるのを聞きながら、少し不機嫌気味にそれを覗いた。
それは、小さなダンボールだった。側面には、「おいしいみかん」の表記とともに、数個のみかんのイラストが飾られている。
見慣れない小さな箱に、私はつい近寄ってしまった。
——今思えば、ここが分岐点だったのだろう——
この日、私が路地に入らず、信号を更に2つ行って、家に帰っていれば、こんなことにはならなかったのだ。
…とは言うが、彼との出会いは、おそらく私に定められた運命であったのだろう。それゆえに、彼との出会いが、私の人生を大いに狂わせることの原因であったことは、間違いない。
でも、だからこそ。私と彼との話を、しなくてはならないのだろう。というより、する義務が私にはあるのだろう。
ダンボールの中の彼と、私が築いた、この醜い物語を。
第一話:そこに、彼はいた。
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コメント
1件
うわあ……第1話からすごく引き込まれました。雨の描写がすごく生々しくて、主人公のぼんやりした意識と路地裏の秘密の通路の感じが、もうそれだけで好きです。ダンボールの中の「彼」が誰なのか、気になって仕方ない……。この「運命だった」って語り口、重くてダークな雰囲気がたまらないです。続きすごく読みたいです🥀