テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
――ウォルは、信じられない光景に直面していた。
久しぶりの挙兵と聞き、いたるところから、あらゆる類の商人がご機嫌伺いにやってきた。
こちらは、戦。それどころではない。
しかし、この一行だけは、帰すことができなかった。
陣中見舞いとやらで、塩に酒……、ご丁寧にも数十頭もの駿馬を連れてきたからだ。
思えば、昔からこの商人には世話になっている。
赤ら顔のいけすかない男だが、常に手腕をふるって、武器を集めてきた。
今回は、北の健州国の商人と手を組んでいるとか。そして、その男も連れてきたとか。
これから、北を押さえにかかるだけに、使えるか……。
そう思い、ジオンに目通りさせたが、特別なささげ物があるとかで、チホと名乗る商人が場に残った。
……だが……。
「ミヒ!」
「お気に召しましたか?」
怪しげな笑みを浮かべ、商人は叫ぶジオンとウォルを見る。
頭からかぶる長衣を脱ぐ女。
捜し求めた女が、そこにいた。
ジオンの顔は引きつり、まるで異界のものを見るかのように、両眼が見開かれた。
まぎれもなく、ミヒが控えている。
時が流れようとも姿に変わりはない。
「それでは、私はこれで……」
驚き固まるジオンをあざ笑うかのようにチホは薄笑みを浮かべ、天幕から出て行った。
ジオンは迷いも見せずミヒを抱き上げると、人払いをくだした。
「お前!」
「何か?」
チホを追って、ウォルは天幕の外に出た。
あんなに捜しても、消息がつかめなかったのに……。
この男が、ミヒをさらったに違いない。
今頃なぜ?
「ミヒをいったいどこで。いや、あれは、本当にミヒなのか!」
叫ぶウォルを、いぶかしげにチホは見る。
その鋭い眼差しに、ウォルの背筋は一瞬氷つく。さすが、裏の仕事をしているだけはある。
何かをたくらんでいるに違いない。だが、その魂胆が読み取れない。
「お前は、何者だ!!」
「あのお方が、望まれたのです」
「何を言っている?!」
焦れるウォルへ、チホは落ち着き払った態度で言葉を返した。
「凛々しく、いや、お美しくなられましたな。私は、あの時、川辺で斬られた者でございます」
深々と頭を下げる男の姿――。
言われて、ウォルの記憶が一気に駆ける。
「では!!」
それ以上言葉をだせず、青ざめるウォルを見て、チホは口重に言った。
「はい。すべてご存知です」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!