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――それは決して破られない筈だ。
不毛に繰り返される無為。だがしかし確実に――
“……まさか?”
俄に引っ掛かる違和感。それは些細な現象。
「くくくっ――」
錐斗の口角も釣り上がる。
何故なら中心点から絶対氷壁へ僅かに、だが確かな亀裂が入り始めていたからだ。それは発現者の雫も実感していない訳がない。
「あと一押しで――砕け散るぜ!」
「っ――させるか!」
予期せぬ危機を感じ取った雫は、己の全異能力を全開――亀裂の入り掛けた氷壁は、瞬時に元の状態へ戻ろうとする。
だがその刹那――
「なっ――めんなぁぁぁ!!」
異能力で戻ろうとする、その一瞬の間を錐斗は見逃さなかった。
全力全開――ルシファーズ・アームがかつてない程の輝きを放った瞬間、巨大化した腕も更に肥大した。
この間僅かコンマ領域世界の出来事。復元しようとする亀裂の中心点へ、膨大な質量の右拳の一撃が叩き込まれる――
“ルシファーズ・ハンマー バイド オン ギガース ~神魔鉄槌巨咬”
――それは俄には信じ難い光景だった。
「馬鹿なっ……」
思わず己が眼を疑い、思考も覚束ない程の。
次の瞬間、絶対地獄コキュートス――決して破られない筈の氷壁は、中心点から幾多にも光茫が走った後、重圧な崩壊音と共に崩れていく。
少しずつ――だが膨大な氷の汎流となって、辺りに霧散していった。
それはさながら吹雪のように。また細雪が儚げにさめざめと降りしきるかの如く、激しくもか細い――美しき終焉の光景。
その有り得ない現実に雫の思考が止まったのは、ほんの一瞬の事だったのかもしれない。
「――ショックを受けてる暇はねぇぞ幸人!?」
だがその瞬間には、既に錐斗は次の行動へと移行していた。
「――っ!?」
我に還ったその視線の上空には、巨大な右腕を振り上げ、今まさに振り下ろさんとする錐斗の姿が。
「潰れろ――!」
先程の――コキュートス~絶対氷壁を破った一撃が、雫目掛けて振り落とされた。
それは正に幾重にも集束した落雷の如し――。唸る轟音と共に大地を揺るがすそれは、大規模な地殻変動災害級の威力を有し、膨大な圧力からなる衝撃の余波は一瞬でこの全域に拡散した。
二人が交わるインパクトの瞬間は、巻き上がる硝煙に阻まれ視覚出来ず。
「いゃあぁぁぁぁっ――!!」
だがもろごと巻き込まれたかにしか見えない状況に、その安否が絶望と直感した悠莉の錯乱にも似た悲鳴が響き渡る。
「幸人お兄ちゃんっ――幸人お兄ちゃん!!」
「駄目お嬢っ――出ちゃ駄目っ!」
幸人の安否に、居ても立っても居られないのも当然。悠莉は駆け出そうとするが、結界外に出る事は頑なにジュウベエに止められる。
「だって幸人お兄ちゃんがっ!!」
既に悠莉の瞳からは大粒の涙が。
「大丈夫。幸人は死んでねぇ。アイツが死ねばこの結界も消える――って事は?」
「あっ!」
ジュウベエの核心めいた一声に、悠莉もすぐに気付いた。
あれ程の威力をそのまま受ければ、誰であろうと死は免れない。だが生きているという事実から考えられる事は――
「上だよお嬢!」
釣られて反射的に夜空を見上げてみる。
「――幸人お兄ちゃん!」
上空には朧だが確かに、雫の姿が小さく確認出来た。
あの一瞬――雫は遥か上空へと跳躍する事で、錐斗の一撃から逃れていたのだ。
その事実に思わず悠莉の表情も安堵に緩む。
「――って! 幸人お兄ちゃん!?」
だが一息吐いたのも束の間、更なる窮地に息つく暇も無い。
地殻変動災害級の威力から、上空へと間一髪逃れた雫だったが。
「――っ!?」
すぐに背後へと感じる悪寒に、その身を振り返る間もなく――
「――とまあ、上空へ飛ぶと思ってたぜ? まあ上に逃げるしか方法は無いよな」
錐斗が背後から羽交い締めにしていた。
「ぐっ――!!」
抗うがその力は凄まじく、とても逃れられそうもない。
自身の最強の力さえ破られ、更には先程の言語を絶する威力の一撃さえ、この状況を見越しての事だったのだ。
全ては錐斗の掌――能力、戦略。全てに於いて上回られた雫に、最早打つ手は無い。
このまま締め殺されん程の圧力の中、それを痛感する以外になかった。
「……これは耐えきれるかな?」
上空で停滞していた両者。突如重力に落下する。
「まあどっちにしろ、これで終わりだ」
雫を下に――そのまま。
「うおぉぉぉっ――!!」
落下の最中、無常に響く雫の絶叫。このまま地面に叩き付けられる事が、どういう意味合いを持つのか理解しているから。
計算する迄もない。地上から上空まで、両者は凡そ五階建てに相当する間を跳躍。そこからの落下。
受け身も取れないこの状況では、体重と落下速度に比例した衝突時の衝撃力は、そのまま死へと直結するのは明らか。
防御処か受け身も取れねば、最高峰のエリミネーターとて只の人の身。
例外は――“無い”。
衝突の間際、錐斗はそのまま雫を踏み台に離れ、飛び退くように着地する。そしてそのまま雫の身体は、何か壊れるような――“不快な音”と共に地面へと激突した。
「…………」
その一部始終を目の当たりにした悠莉は絶句し、腰から崩れ落ちそうになる。
「んな……ゆっ……」
ジュウベエもまた片眼を見開いたまま、続く言葉を発せず詰まらせた。
それはどう贔屓目に考えても――“死”。
雫の片腕だけが、晴れていく硝煙から覗かせたのがまた、その深刻な現実を如実に顕していた。
雫の身体は――左半分が殆ど地面に“埋め込まれて”いた。
生死は分からない。ただ、地面から覗かせる片腕は微動だにしない事が、それを如実に顕している。
「幸人……」
その結末を眼下に立ち竦む錐斗は、動かない親友を背に――今何を思うのか。
勝利した喜び?
それとも――
「あ……あぁっ――」
遠目とはいえ、二人の闘いが結末を迎えた事は誰にでも理解出来る。悠莉は我を忘れて泣き叫びたかった。
だが――声は出ない。叫びたくとも思考が、感情が混濁して現実を受け入れられない。
“闘いはどちらかの死を以て決着する”
それが裏の世界の掟とはいえ、この二人の間だけにはそれが起きて欲しくはなかった――と。