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第一章 二話
……ああ。
やっぱり、スーッとする。
倒れ伏した魔物の上で、少女――ミラは何も言わず、空を見上げていた。
あれからどれくらい経ったのだろう。
太陽の日差しがじんわりと瞼越しに伝わるのを感じる。
静かに目を開ける。
風が頬の辺りから撫でるように通り過ぎた。
いつの間にか、魔物の獣臭さと血の匂いは薄れていた。
硬い外皮の上から見下ろす。
風が草木を揺らし、匂いを攫っていく。
「この空気もすっ飛ばして欲しいものだけど……」
どこか気だるげに振り向く。
「どういう訳か、たぶん求婚されている」
正面を見下ろすと、おそらくこの一団で最も強者であろう男がいる。片膝を着き、片手を伸ばした状態で。
意味不明だと思う。
なんとなく、幻惑の類いと思って、目を逸らすどころか、後ろを振り向いてしまったけど顔は依然として真剣な様子。どうやらマジである。
逸らすように他に目を向けると、この一団、騎士や役人だろう者の大半が目を見開いている。困惑や驚きなのか顔を顰めているようだ。周囲の者たちは、誰一人として止めようとしない。
——いや、止められないのか。
改めてその男を観察する。剣こそ腰に吊り下げているが、服装は周囲の人々を見る限り、装飾や生地が一段と豪華である。
恐らく、この一団を率いているーー最も地位の高い人物だろう。それなら、周囲のこの反応も頷ける。
だったら尚さら、この状況の理解に苦しむが、相手が本気であればこちらも本気で応えたほうが良さそうだ。
しかし、真剣な顔をするのは苦手である。さらに言えば、唐突すぎる。正直、少し困っている。
軽く呼吸を整え、見下ろした姿勢の先を見る。
このような場面を経験したことはない。当然、表情など、どうすればいいか分からない。
自然と向ける表情は魔物を相手にした時と同じ顔となる。
精一杯、真剣な表情を作っているつもりなのだが、どうにも周囲の反応が良くない。
これでは駄目か、と意識して目を細める。
すると、ようやく相手側に変化があった。
片膝をついた姿勢は変わらない。
だが、その表情が徐々に強張っていく。
瞳孔が見開かれ、わずかに唇が震えた。
——真剣さが伝わったのだろう。
同時に、周囲から「ぎょっ」と息を呑むような声が上がった気がしたが、たぶん気のせいだと思う。
「えーっと」
首を軽く傾ける。
——こういう時、何を言えばいいんだろう。
考える。
……分からない。
やがて、理解不能な状況に思考が空回りした末、ミラが辿り着いた答えは――
とりあえず、今思っていることを伝えてみることであった。
「その姿勢、辛くないの」
ぽつり、と零した。
——沈黙。
風が吹き、草が揺れる。
「…………は?」
男が、間の抜けた声を漏らした。
その顔から、先ほどまでの熱がすっと引いていく。
「俺は……いったい何を……」
伸ばしていた手を、ゆっくりと引いた。
聞こえなかったのかなと、もう一度、声を掛けようとしたが、言葉が喉に届いた所で踏みとどまった。
引いた手をそのまま、額に当て、何やら悩む動作をしたからだ。
その様子は、ひどく深刻だった。
微動だにしないまま、口元だけが小刻みに動いている。
一体どうして、そこまで辛くなるまで我慢していたのだろう。
……そう疑問に思ったが、すぐに納得する。
私の返事を待つために、わざわざ我慢していたのだろう。
ならば、きっと実直な人なのだ。
……今のこれは、私のせいか。
心の内で相づちを打う。
しかしどうしたものか……
慌てて声を掛けようにも気付いた頃にはこの有り様である。
せめて、一言謝ろうと、膝の痛みにもがき苦しんでいる男に近づく。
その瞬間だった。
それまで脇で立ち尽くしていた男の表情が変わる。
——その静寂を切り裂くように。
「お、お待ちください!!」
焦ったような声が響いた。