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それから数日経った晴れた日のこと。
私と聡一朗さんは、墓標の前にいた。
今日は聡一朗さんのお姉さんの命日だった。
この墓標には、聡一朗さんのお父さん、お母さん、そしてお姉さんが眠っている。
ご両親が映った写真、そしてお姉さんの写真を添えて、聡一朗さんが話しかけた。
「久しぶり、みんな。いつもは一人で来ていたけれど、今日は紹介したい人と一緒に来たよ」
私は携えていた大きな花束を供えて、ご家族に挨拶をした。
「初めまして。美良です。ご挨拶が遅くなってごめんなさい」
私たちは線香をあげ、手を合わせた。
「君のような妹ができて、姉さんは喜んでいるだろうな」
微笑むように風に揺れる花を見つめながら、聡一朗さんが言った。
「ええ。きっと絵本のことで意気投合できたと思うわ」
写真の中のお姉さんにも話しかけるように、私はうなずいた。
「それにね、お姉さんの絵本と私が持っているのが同じなことが多くて、きっと好きなおはなしの系統も同じだったんじゃないか、って思うの」
それはすごいな、と聡一朗さんは目を丸くした。
「そうか、君もけっこうロマンチックなんだな。姉さんは特に王子様とお姫様が結ばれるおはなしが好きだったよ」
「ふふ、じゃなきゃ聡一朗さんのこと、好きになっていないわ」
聡一朗さんは笑い、懐かしむような表情になった。
「そういえば、ままごとに付き合わされて、よく王子様役をやらされたよ。絵本の通りに台詞を言わないと怒るんだ。姉は怒ると怖くてね、幼い俺は覚えるのに必死だったよ」
「ええ? そんなふうには見えないけれど……」
「ああして写真ではしおらしくしているけれども、姉はけっこう勝気な性格でね――」
聡一朗さんは、お姉さんの思い出話をよく聞かせてくれるようになった。
そしてその時の顔は笑顔だったり、楽しげだったり、悲しげだったり、悔しそうだったり――色とりどりの表情に溢れていた。
私はそのことがなによりも嬉しい。
「父さん、母さん、そして姉さん。いろいろあったけれど、みんな分まで俺は幸せになるよ。美良と一緒に」
「どうか、見守っていてください」
そう最後にもう一度手を合わせると、私たちは手を繋いで墓標を後にした。
墓所から出て駐車場に向かうと、こちらに駆け寄ってくる人がいた。
……あらら、どこに潜んでいたんだろう。
「どこから湧いて出たんだ」と聡一朗さんも溜息まじりにつぶやく。
「でも手を合わせ終わった後に来たから、まだましな方か」
私たちが立ち止まると、カメラを首からかけたその人物は、わざとらしいくらい明るい声で話しかけてきた。
「藤沢先生、ご結婚おめでとうございます! 今日は奥様とお出かけですか?」
聡一朗さんが自身のSNSで結婚発表をしてから数週間経ったけれども、いまだにこうして追いかけまわしてくるメディアの人がいるからすごいと思う。
『メディアで引っ張りだこのイケメンエリート教授、電撃婚!!』というセンセーショナルなタイトルで盛り上がった当初の過熱報道は過ぎた。
けれども、もっと面白おかしく書きたい週刊誌なんかは、大学に出回っていた契約結婚の噂を掘り下げたいらしく、こうしていまだに私たちを付けまわっているのだ。
なかなか騒がしい日々だけれども、「あともう少しで諦めるだろう」と聡一朗さんは冷静を努めている。
そして彼以上に、私はのほほんとしていた。
だって、私たちには、もう面白おかしく書かれるような要因は一切ない。
立派な恋愛結婚生活を送っているのだから。
取り留めもないことをいくつか訊いた後、メディアの方は「じゃあ最後に」と締めくくった。
「聡一朗さん、契約結婚と噂されていますが、今の率直な心境は――」
「幸せに決まっている。じゃあすまないが、急いでいるんでいいかい?」
「や、もうちょっとお言葉を」
「これから最愛の妻をお姫様にする打ち合わせに行かなくてはならないもので」
「はぁ、それはど」
メディアの方を無視して、聡一朗さんは車の窓を閉めた。
横にいた私は笑いを堪えるのに必死だ。
ただの結婚式の打合せなのに、聡一朗さんったら、もう。
「さぁ行こうかお姫様。純白のドレスがお待ちかねだよ」
聡一朗さんは冗談と本気が半々に交じった微笑をその整った顔に浮かべて、まるで王子様が手綱を扱うごとくハンドルを切った。
※
幼い頃、絵本を見ながら夢中になっていたものがある。
美しい青空、白磁の教会、色とりどりの花々。
それらに囲まれて、素敵な王子様とお姫様が幸せな結婚式を挙げる場面。
夢にまでみたその光景を、今、自分自身で叶えるなんて、ほんとうに夢みたいだ。
青空から陽光がそそぐ控室からは、チャペルがある庭園を見下ろせた。
窓ガラスには、純白のドレスに身を包んだ私自身の姿が映る。
お姉さんの命日から、さらに数か月が経った。
今日は、私と聡一朗さんの結婚式だ。
コンコン。
ノックの音が聞こえて、
「はい、もう準備できましたよ」
「綺麗な花嫁さんがお待ちですよ」
と言うスタッフの方に促されながら、聡一朗さんが入ってきた。
白のタキシードに身を包んだその姿は、いつもよりいっそう毅然としていて洗練されていた。
まるで絵本から抜け出てきた王子様だ――なんて見惚れていたら、
「……綺麗だ。まるで絵本に出てくる王女様だな」
と、聡一朗さんの方が先に惚気てくる。
「体調は大丈夫か? ドレスはつらくないか?」
「ええ、不思議と今日は気分がいいの」
「そうか。すでに気遣いができるとは、たいした子だ」
「ふふ、そうね、あなたに似て優秀だわ」
聡一朗さんの冗談に、私は笑みを漏らして、お腹をそっとさすった。
今、私のお腹の中には、赤ちゃんがいた。
判ったのは、今日から一カ月ほど前のこと。
ちょうど聡一朗さんが出張で留守をしている時だった。
出張から帰ってきた聡一朗さんに開口一番で報告すると、彼は手にしていたお土産を放り出して私を抱きかかえ、大喜びしてくれた。
でも次の瞬間には、
『なら結婚式は延期した方がいい』
と慌て出したので、私はやんわりと説明した。
『大丈夫。私も気になってお医者さんに聞いてみたんだけれど、普段通りの生活をして、特別身体に負担を掛けなければ問題ないって』
『いやしかし、初期は大切だと聞く。今すぐ連絡をして――』
『待って、聡一朗さん』
スマホを取り出した聡一朗さんの手を、私はぎゅっと握った。
『式は予定通り挙げましょう? だって、すごく嬉しいことなんだもの。新しい家族と、記念すべき日を迎えられるなんて』
微笑む私を見て、聡一朗さんは泣き笑うような表情を浮かべてうなずいた。
なんだか最近の聡一朗さんは、喜怒哀楽が戻るどころか逆に激しくなっているような気がして、可笑しくて堪らない。
いったい、どんなお父さんになるんだろう。
今からすごく楽しみだ。
二人で手を繋いで、みんなが中で待つチャペルの前に立った。
どきどき、わくわくして落ち着かないのを、ぎゅうと聡一朗さんの腕を取る手に力を入れて、堪える。
「なんだか私、幸せ過ぎて気絶しそう。両親が亡くなった時は、こんな幸せな日を迎えられるなんて、想像すらできなかったから」
すでに泣きそうになりながら言った私に、「俺もそうだよ」と返して聡一朗さんも微笑んだ。
お日様の陽射しは優しく、空は抜けるように青かった。
花々は色鮮やかに咲き乱れ、祝福してくれるようにそよ風が香る――。
「世界がこんなに美しいのを、俺は今初めて知った気がする」
そう呟いて、聡一朗さんは私の耳元にそっと囁いた。
「愛しているよ、美良。永遠に」
美しく色づく世界の中へ。
私と聡一朗さんは、手をたずさえて一歩を踏み出した。