3人の様子を脇から見ていた俊は、雪子が萌香を連れて来た理由がわかったような気がした。
コーヒースクールの講義中明らかに浮いていた萌香に対し、雪子なりに考えたのだろう。
こういうチャンスに少しでも仲良くなろうと。
だから雪子はあえて萌香を連れて来たのだ。
俊はこの時ばかりは雪子に一本取られたと思っていた。
相手の感情をすぐに読み取って寄り添う事が出来る雪子は、デパート勤務時代はかなり頼りにされたのではないだろうか?
顧客の要望を汲み取ったり従業員同士の連携を上手く取る為に、きっと今のような配慮が常に成されたのではないか?
俊はそんな風に思った。
そして思いがけずに雪子の新たな一面を発見出来た事が嬉しかった。
食事を終えると雪子が立ちあがって言った。
「ちょっと波打ち際まで行って来ますね」
雪子はすぐに海の方へ歩き始める。
俊はその後ろ姿を目で追った。
雪子が歩いていると、小さな子犬が走って来て雪子の足元にまとわりつく。
雪子は足を止めてしゃがみ込むと、その子犬を笑顔で撫で始める。
子犬は嬉しそうに尻尾をブンブンと振りながら、雪子と戯れた。
そこへ「すみませーん」と20代の若いカップルが駆け寄った。
男性の方が子犬を抱きかかえると、2人は雪子へお辞儀をしてからその場を去って行った。
雪子は子犬に向かってバイバイと手を振ると、また波打ち際を目指した。
それをじっと見ていた俊は、突然強い衝動に突き動かされてスッと立ち上がった。
そして話し込んでいる滝田と萌香に向かって、
「私もちょっと海を見て来ます」
と言うと、すぐに雪子の後を追った。
俊が雪子の傍まで行くと、雪子はしゃがみ込んで何かを探しているようだ。
「何を探しているの?」
その声に雪子が顔を上げた。
見上げるような表情は、まるで少女のようなあどけなさだった。
嬉しそうに微笑む表情がなんとも愛らしい。
「貝殻を…桜貝を探しているんです。すっごく薄くて踏んだら割れちゃうような、ピンク色の小さい貝なの」
「へぇ、ここでそんなのが採れるんだ?」
「はい。子供の頃はよくこの辺りで拾いました。今日はないのかなぁ?」
すると俊もその場にしゃがみ込んで探し始める。
砂浜には海からの漂流物や小さな貝殻が沢山積み重なっている。
普通の貝殻はいくつもあったが、その桜貝とやらは見つからない。
「やっぱり冬じゃないと駄目かなぁ? 海に人が多い季節は踏まれてしまって砕けているのかも」
雪子は諦めたように言うと、違う種類の貝殻をいくつか拾って立ち上がる。
俊はまだその辺を探してみたが見つかりそうもない。
(結構見つけるのが大変な貝なのか?)
そう思いながら砂の上をいじっていると、突然見覚えのある貝が現れた。
俊はそれを手に取り思わず叫んだ。
「ヒメホシダカラだ!」
その言葉に思わず雪子が振り返る。
「うわっ、本当! 結構大きいですね。あれ? 一ノ瀬さん、貝に詳しいのですか?」
「うん。大学では地学系の勉強をしていたんだ。その流れで貝にも少し興味があってね」
「えーっ、そうだったんですね! あ、だから父の本にも興味があったんだ」
「うん。仕事関係で地方へ行って、そういった博物館があれば必ず寄るようにしてる。あと、鉱物類の収集は若い頃からずっと
続けているしね」
「そうなんですかぁ。意外でした」
「お父さんは、鉱物類の収集はしてた?」
「はい、父が直接行って採集してきたものが家にゴロゴロあります。それはさすがに捨てられません」
「そりゃあそうでしょう。捨てるなんて有り得ない! もしいらなくなったら私に預けて下さい」
俊はそう言って笑った。
そして、今見つけたヒメホシダカラを雪子の手のひらに乗せた。
雪子は嬉しそうな笑顔で礼を言った。
そこで俊が唐突に言う。
「君はあえて山根さんを連れて来たんだね」
「え?」
「少しでも仲良くなりたくて?」
雪子は、なんで分かったのだろうという顔をしながら後穏やかに微笑んだ。
そこへ、
「おーい!」
滝田が叫びながら二人に近づいて来た。
その後ろを、萌香が笑顔で追いかけて来る。
「何をしているんですか?」
「貝殻拾いです」
「なるほど! よしっ、僕達も探すか」
滝田がそう言うと、萌香は嬉しそうに頷いて二人でしゃがんで探し始めた。
「俺達ももう一回探そうか」
俊がそう言ったので雪子はうんと頷いて再び貝殻拾いを始めた。
その後自宅に戻った俊は、何ともいえない充足感に満ちていた。
今日はひょんな事からいい歳をした大人四人が童心に帰り海で思う存分楽しんだ。
こんなに楽しかったのはいつ以来だろう?
思い返してみてもそんな日は見つからなかった。
雪子のおかげで滝田という同性の友人も出来た。
滝田はとても理知的なのに、それをひけらかす事なく周りに気配り出来る頼もしい男だ。
歳は滝田の方が下だが、リタイア生活においては先輩になる。
仕事を早期退職し悠々自適に暮らす滝田を見て、自分もリタイアする時が楽しみになる。
『人と人と繋ぐ事が出来る人間こそ本当に有能な人である』
以前何かの本で読んだ事がある。
つまり雪子が俊と滝田を繋げてくれたのだ。
その時俊は改めて雪子の新たな一面を知った。
そしてふと優子に聞いた雪子の離婚理由を思い出す。
(彼女と別れた男は愚か者だな…….)
俊は素直にそう思った。
それから先日運び込んだ段ボールの中から一冊の本を探し出すと、それを持ってソファーへ座った。
そしてページをパラパラとめくる。
俊が手にしてたのは貝図鑑だった。
目次で『桜貝』を探し、そのページを開く。
そこに載っていた桜貝は、薄ピンク色のとても繊細な貝だった。
その繊細さに俊は雪子の面影を重ねる。
その時再び、優子に言われた言葉が俊の頭を過った。
(気丈に振る舞っているけれど、心はガラス細工のように繊細な子なの)
俊はその言葉をしばらくの間ぐっと噛みしめる。
それから本をテーブルの上に置くと、バスルームへ向かった。
コメント
4件
桜貝に雪子さんの佇まいを重ねる俊さん😌更に自分が守りたくなっちゃいましたね💕 桜貝は子どもの頃、湘南に行くと毎回探した思い出があります✨懐かしい☺️
雪子さんのお陰で4人に繋がりが出来ましたね~✨ 俊さんは滝田さんと友達になり、滝田さんと萌香さんも何となく良い雰囲気....。 雪子さんの人と人とを繋ぐ ことの出来る魅力的な一面と 繊細でデリケートな一面など.... 彼女のことを知れば知るほど、俊さんにとって より大切で 守ってあげたい人に変わっていくのかな....⁉️🍀✨
滝田さんと萌香さん達もなーんかいい感じ⁉️🤭だって笑顔で追いかけてきたでしょう🎵 俊さんは繊細でキレイな桜貝を雪子さんと重ね合わせたんだろうな。少女のようなあどけない微笑が愛しい…守ってあげたいって。