雪子が家に帰ったのは、午後4時を過ぎていた。
結局あれから一時間以上四人で海で遊び、駐車場で俊達と別れた。
雪子は途中スーパーへ寄ってから家に戻った。
萌香と滝田の家が近い事がわかり、俊はその近くまで二人を送って行った。
40代から50代のいい大人が、月曜日の平日に海で遊ぶなんて。
雪子は楽しかった今日一日を思い返しながら、思わずフフッと笑った。
それから慌てて洗濯物を取り込み雨戸を閉める。
そして今日拾って来た貝殻を石鹸で綺麗に洗い始めた。
残念ながら桜貝は見つからなかったけれど、その代わりに色々な種類の貝が採取出来た。
それを一つ一つ丁寧に洗っていく。
その中にあったヒメホシダカラの貝を手にする。
これは俊が見つけてくれた貝だ。
俊が貝や鉱物に詳しいとは想像もしていなかった。
まさか大学でその方面を学んでいたとは夢にも思わなかった。
地学系を学んでいた俊が、なぜ飲食店プロデューサーになったのだろうか?
雪子はその過程に少し興味を持つ。
綺麗に洗った貝類は、キッチンペーパーの上に並べて乾燥させる。
完全に乾いたら瓶に入れて桜貝の小瓶と一緒に飾ろう。
そして雪子はふと思い立って父の書斎へ向かった。
遺品整理をして以来、この部屋には雨戸の開け閉めくらいでしか入っていなかった。
電気をつけて部屋の片隅に置かれた段ボールのところへ行く。
その中には、父が全国各地に赴き自分の足で採集してきた鉱物が入っていた。
この鉱物を使って何か出来る事はないだろうか?
雪子は鉱物類に触れながら、そんな事を考えていた。
そして二日後の水曜日になった。
この日の夜、雪子は俊と食事へ行く約束をしていた。
スーパーにはいつも通り朝から出勤していた。
しかし今夜の事を考えると、なんだかソワソワして落ち着かない。
ただ俊が修の親友だとわかり、俊に対する警戒心はほとんど消えていた。
そして先日大人四人で海での楽しいピクニックをしてからは、更に打ち解けたような気がする。
雪子は俊に対してだいぶ緊張せずに接する事が出来るようになっていたが、
そうは言っても今夜は二人きりだ。果たして会話が持つのだろうか?
俊を退屈させてしまわないかと、雪子は少し心配していた。
あまり仕事に身がはいらないまま、雪子はその日定時で仕事を終えた。
家に帰ると、すぐに洗濯物を取り込んで雨戸を閉める。
それからシャワーを浴びた。
スーパーの調理場から漂ってくる揚げ物の匂いが身体全体に染み込んでいるような気がしたので、
シャワーですっきり洗い流したかった。
バスルームから出ると、雪子は髪を丁寧に乾かした。
いつも後ろで一つに結んでいる髪は、結ばずにそのまま肩に下ろすことにした。
髪のパサつきが気になったので、お気に入りのラベンダーのヘアオイルを髪にほんの少しつけた。
その途端、ラベンダーの優しい香りが広がり髪にも艶が出た。
それからメイクをいつもよりも丁寧にしてから、ワンピースに着替える。
アクセサリーは、デパート勤務時代にボーナスで買った一粒ダイヤのネックレスを着ける。
ネックレスを着けるのはかなり久しぶりだ。
最後にラベンダーの香りのハンドクリームを手に塗り、香水がわりに耳と首元にもつけた。
これで出掛ける準備は完了した。
約束の時間が迫って来たので雪子は家の鍵を閉めて門の外に出た。
まだ俊の車は来ていないようだ。
アプローチに植えてあるローズマリーの香りを嗅いでいると車の音が聞こえて来た。
すると俊の車が目の前を通り過ぎ、突き当りでUターンしてから雪子の前に停まった。
「お待たせしました。さあ乗って下さい」
俊は助手席の窓から雪子に声をかける。
「こんばんは。お迎えありがとうございます」
雪子は挨拶をすると、俊の車の助手席へ座った。
「今日は残業は大丈夫でしたか?」
「はい、今日は定時で上がれました」
「それは良かった。それにしても一昨日は楽しかったですね」
俊は、四人で海へ行った時の事を言った。
「はい。ああいうのは久しぶりだったので凄く楽しかったです」
雪子は答えながらチラリと俊の様子をうかがう。
俊は黒のパンツに白のシャツ、
それにダークグレーのジャケットを着ていた。
今までは俊のジーンズ姿しか見た事がなかったので、なんだか新鮮だった。
飲食のプロの俊は、今夜一体どんな店へ連れて行ってくれるのだろうか?
雪子はとても楽しみだった。
車は海沿いの道をしばらく走りながら茅ケ崎を過ぎてから大磯方面へ向かう。
「今日はどのあたりへ行くのですか?」
「もうすぐ着きますよ。鎌倉はいつでも回れるから、今日はちょっと気になっていた店へ先に行かせてもらいます。フレンチの
店です」
俊はそう言って微笑んだ。
ハンドルを握る俊のがっちりした手に、思わず目が行ってしまう。
雪子は男性が運転する車の助手席に乗るのは久しぶりだったので、少し緊張していた。
車は大磯を過ぎた辺りで右折すると、住宅街の坂道を上り始めた。
坂を登り切った辺りに真っ白な外観の建物が見えてきた。
そこが目的のレストランのようだ。その建物は坂の斜面に建っていた。
雪子はこの辺りのレストランには来た事がないので初めての店だ。
「さあ、着きました」
白い塀に囲まれた店の正面に行くと小さな門があった。
そこを入ると緩い下り坂が続き、その先の階段を降りるとレストランの入口があった。
建物は塀と同じ白色で、ドアは鮮やかなブルーをしていた。
雪子はその素敵な入り口を見ただけで、心がワクワクしていた。
コメント
4件
シンプルコーデが似合う(妄想🤭)俊さんにキュン💕 楽しいお食事を💗
俊さんはどんなデートプランをたてたんだろう🍽🥂✨ お互いの意外な一面とか発見できて、いい雰囲気のまま次のステップに進められるといいな〜(*˘▿˘✽)
お父さんが集めてきた鉱物が、何かの役に立つ日がやって来ますように....🍀 俊さんと 大人のフレンチ デート、楽しみですね....👩❤️👨🍴🍸️