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第6話:命令を持たない棲家
枝が勝手にほどけていた。


ハネラの棲家はふつう、**棲歌(すいか)**という命令歌で編まれる。

住み手の意図を伝え、空間の形を指定し、枝と葉がそれに応じてゆるやかに変化する。

けれどそこにあったのは──誰の命令も受けていないのに“生まれてしまった”棲家だった。


「……ここ、誰の棲家なんだ?」


ルフォが、薄赤の羽を少し膨らませて言った。

彼の羽は今日、乾いた光を浴びて濃い金に近い。

その先端はうっすらグレーがかり、枝先で空の色を反射していた。


隣にいたのはシエナ。

彼女のミント色の羽根は静かに折りたたまれ、尾羽の先だけが透明に光っている。

反射光の具合から察するに、驚きとわずかな警戒が含まれていた。




その棲家は、樹機械の中層──誰も住んでいない棲歌拒絶層にあった。

そこは何度歌っても空間が形成されず、機能を持たない“未帰属枝域”として分類されている場所。

命令歌が通らないなら、棲家などできるはずがない。


「……でも、ある」


ルフォは足元の枝をそっと踏んだ。

たしかに反応があった。

わずかに、葉が開き、風の通りが変わる。


けれど、命令コードは存在しない。




中に入ると、その棲家は、ふつうのハネラの巣よりもずっと静かだった。

枝の内壁には、誰かが羽ばたいた形跡が点々と残されていた。


音でなく、

命令でなく、

ただ羽の動きと、尾脂腺の匂いで空間を記憶に刻んだような……そんな「存在の記録」。


シエナはそっと近づき、反射光で壁をなぞった。


すると、空間の奥が、“ありがとう”の匂いで満ちた。




「……命令されなくても、枝は動くんだな」


ルフォがぽつりと呟く。

「動いたから、誰かがここにいていいって、言ってくれたんだ」


彼の声に、シエナは尾羽で「うん」と返す。




ハネラ社会では、命令歌を編めるかどうかが価値になる。

それができなければ棲家も築けず、職にもつけない。

けれど、それでも、こうして“誰の命令もないのに開いた巣”がある。


それは、命令に従わなくても動いた枝。

命令しないまま、受け入れた都市。

誰のものでなく、ただそこにあった棲家。




その空間で、シエナは光を発した。

反射ではない、尾脂腺から伝わる柔らかな“あまい雨の匂い”。

誰にも命令せず、ただ共鳴する意思。


そのとき、棲家の奥から、微かにフィロムシの羽音が聴こえた。

少しだけ戻ってきた虫たちが、そっと空気を震わせたのだ。




命令を持たない場所に、

沈黙で応える仲間たちが、確かにいた。

奏樹―命を歌うものたち―

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