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13 - 第10話:旧ネットアーカイブ

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2025年04月29日

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第10話:旧ネットアーカイブ

 その建物は、都市第9管理区の外れ――

 公立情報センター旧棟。現在は立ち入り禁止区域に指定されている。


 もとは公共ネット端末の基地局で、数十年前のネットワークと個人記録の保管庫だった。

 AIによる完全最適化以前、人間が“好き勝手に言葉を放っていた”時代の名残だった。




 ミナトは、アサギから渡された詩の紙に添えられた手書きの地図を頼りに、廃棄区域へと向かった。

 制服の下には、灰色のフードジャケット。フードを深く被り、周囲の監視ドローンを避けながら歩く。


 廃ビルの入り口には錆びついたセキュリティゲート。

 だが、すでに通電はされておらず、手で押すと軋んだ音を立てて開いた。




 建物の中は、埃と金属の臭いが混じる空間だった。

 古い端末が積み上がり、モニターはほとんどが黒く沈黙している。


 だが、その奥でひとつだけ、微かに青く光っている筐体があった。


 それは、個人記録端末――MODEL: ECHO-IX

 AI最適化以前、人々が自由に書き込み、音声を記録し、感情のままに残した装置。




 ミナトはそっと座り込み、操作パネルを起動する。

 システムは古く、手動で起動シークエンスを行う必要があった。


 やがて、画面が淡いブルーに点灯し、こう表示された。


 「未同期ログ:512件 保管者:NAME/匿名希望」


 ファイルを開く。

 そこには、誰の名前もない、“言葉だけの世界”が広がっていた。




 > 「さよならを言う相手が、今どこにいるのかもわからない」

 > 「嬉しかった、だけで、理由なんていらなかった」

 > 「何度も消そうとした。でも、やっぱりここに残ってる」

 > 「誰かに見つけてほしいと思ってる自分がいることが、

 >  一番、苦しかった」




 ミナトは震える指でページを送り続けた。

 そこには、**評価も、最適化も、点数もない“本当の声”**が残されていた。


 誰も彼らを“優秀”とも“非効率”とも呼ばない。

 ただそこに、“感じたままの誰か”がいた。




 画面の一角に、ひとつのタグがあった。


 「#風の音」


 それを選ぶと、音声ファイルが再生された。


 風の音――雑音まじりの、ただの風。

 けれど、それはナナが言っていた“あの音”と同じだった。


 誰かが、風を感じ、残し、繋ごうとしていた。




 ミナトは詩を一つ書き残した。


 > 「この声に、名前はない。

 >  けれど、誰よりも確かに、

 >  “ここにいた”と、教えてくれた。」




 その夜、帰り道でミナトは空を見上げた。

 人工雲が静かに流れるグリッド空。


 でもその向こうで、

 言葉にならない記憶たちが、いまも風になって巡っている気がした。

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