そして、クリスマスイブがやってきた。
この日は陶芸教室が休みだったので、朔也と美宇は朝から作品作りに励んでいた。
朔也の古い顧客から、食器セットの注文が入り、二人は手分けして様々な器を制作していた。
美宇は電動ろくろを回しながら朔也に言った。
「家で使う食器を全部青野さんの作品で揃えるなんて、すごいですね」
「うん。この方は数年に一度まとめて注文してくれるんだ。もう長い付き合いなんだよ」
「札幌の方ですよね?」
「そう。今度の作品展にも来てくれるんじゃないかな」
「お会いしたことはあるんですか?」
「もちろんあるよ。彼は以前会社を経営していたんだけど、今は引退してのんびり暮らしてる。奥様が和食器好きで、数年に一度プレゼントしているみたいなんだ」
「へぇ……素敵ですね」
美宇は思わず笑顔になった。
そんな素敵な夫婦の家で使われる食器なら、心を込めて作りたい……そう思いながら、ひとつひとつ丁寧に形にしていった。
昼休みを挟み、二人は再び黙々と器作りに集中した。
工房の前を通る車もほとんどなく、室内には薪ストーブの音だけが静かに響いていた。
やがて朔也が口を開いた。
「音楽でもかけるかな」
そう言って立ち上がり、オーディオの前に置いてあったCDを一枚選んだ。
すぐに工房内に軽快なジャズが流れ始めた。
「一人のときは、いつも音楽を聴いているんですか?」
「うん。特にピアノジャズが好きでね……聴きながら作ると結構はかどるんだ」
「へえ……」
「七瀬さんは、どんな音楽が好き?」
「私もジャズが好きです」
「へえ、どんなタイプ?」
「今は女性ヴォーカルのロマンスジャズをよく聴きますね」
「そっか……」
朔也はそう言って微笑んだ。
一方、美宇は苦い過去を思い出していた。
ジャズを好きになったきっかけは、元恋人・沢渡圭の車でよく聴いていたからだ。
彼と付き合っていた頃は、ジャズの生演奏が聴けるおしゃれな店にもよく連れて行ってもらった。
今思えば、美宇は圭とつき合うことで、かなり背伸びしていたのかもしれない。
彼と一緒にいると、自分も大人の女性になれたような気がして、そんな自分に酔っていたのだろう。
(あれは愛じゃなかったのかも……ただ大人の世界に浸れる気分に酔っていただけなのかもしれない……)
今ではそんなふうに思えた。
(ふふっ、馬鹿ね……それを恋と勘違いしてたなんて……本当にバカみたい)
美宇がそんな思いに浸っていると、いつの間にか朔也はミニキッチンでコーヒーを淹れていた。
「あっ、すみません、私が淹れます……」
美宇が慌てて立ち上がると、朔也は手で制した。
「大丈夫だよ。そろそろ休憩にしようか」
「あ、はい……」
美宇は切りのいいところで電動ろくろの電源を切り、手を洗いに行った。
朔也は淹れたてのコーヒーをテーブルに置き、二人は椅子に座って休憩を始めた。
美宇はコーヒーを一口飲み、ホッと息を吐いた。
そのとき、朔也が尋ねた。
「今夜はクリスマスイブだね。何か予定はあるの?」
突然の問いに、美宇は驚いて朔也を見つめた。
「いえ……特には……」
「だったら、一緒に食事でもしないか?」
朔也の誘いに、美宇はさらに驚いた。
そして心の中で思った。
(なぜ私を……? ううん、これはきっとイブなのに何の予定もない可哀想な従業員を、気の毒に思って誘ってくれただけ。勘違いしないで、美宇!)
美宇は気持ちを落ち着けるように小さく深呼吸し、答えた。
「ありがとうございます。じゃあ、せっかくなので……お店は蓮さんのところですか?」
「いや、クリスマス期間中は蓮の店は休みなんだ。子供たちがいるからね」
「あっ、そっか」
きっと家族で賑やかなクリスマスを過ごすのだろうと思い、美宇は思わず笑顔になった。
「網走の手前の湖の近くに、新しい洋食屋ができたって聞いて、一度行ってみようと思ってたんだ。今夜、付き合ってもらえる?」
なんとも自然な誘い方だった。
『行きたかった店に付き合ってほしい』
そんな誘い方なら、断る理由はない。
美宇は朔也のスマートな誘い方を見て、彼が昔モテていたという噂の真実を垣間見た気がした。
そして、すぐにこう返した。
「わあ、だったら少しドライブもできるんですね。じゃあ、喜んで!」
「ありがとう。じゃあ、仕事を終えたらそのまま一緒に行こうか」
「分かりました」
「そうと決まれば、今日の分をさっさと片付けちゃおうか」
「はい」
美宇は笑顔で頷き、コーヒーを飲み干した。
そして心の中で思った。
(もっとクリスマスイブらしい服装で来ればよかったな……)
ジーンズに黒のタートルネック姿の自分を見て、美宇は少しがっかりした表情を浮かべた。
コメント
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人柄も素敵な朔也様だものどんな美宇ちゃんでも大丈夫👌 それよりもクリスマスイブの素敵なドライブとお食事楽しんできてね (*´꒳`*)
うまく近づいてますね〜☺️ クリスマスにお食事🤶🎄 素敵な夜になるといいなぁ
同じジャズ音楽の趣向なんて素敵✨💓 そして自然なクリスマスイヴ🎄の朔也さんからのお食事のお誘いは大いに勘違いしてよ〜美宇ちゃん🍽️ 2人の素敵なイヴの思い出をつくりましょ🎹🎼💝