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35話 夏の風が吹く
昼
草の原がゆっくり揺れている
ふっくらは
丸い体を風の真ん中に置き
短い脚を踏ん張って立っていた
腹がふよんと揺れ
耳らしき部分が
風に押されて少し曲がる
ふっくら
「……これ……
もう聞いてる……?」
少し離れた場所で
琶が立っている
大きな体
長い首
重なった鱗
畳まれた翼の隙間を
風が抜けても
表情は変わらない
琶
「……どうだ」
ふっくら
「どうだって言われても……
風の音は……
前からしてたし……」
風が吹く
草がざわり
遠くで何かが転がる音
ふっくらは
目を閉じる
丸い体が
少しだけ前後に揺れる
ふっくら
「……いま……
聞いた……気がする……」
琶
「“気がする”か」
ふっくら
「だって!
音って!
聞いたって言ったもん勝ちでしょ!?」
琶
「……その通りだ」
ふっくら
「えっ
否定しないんだ!?」
琶は
ゆっくりと首を傾け
読者のほうを一瞬だけ見る気配を出す
「聞いたかどうかは
本人次第」
ふっくら
「読者も含めて!?」
風が少し強くなる
草の揺れが重なり
音が増える
ふっくらは
急に不安になる
ふっくら
「……ねぇ琶……
これ……
ずっと聞いてたら
終わらなくない……?」
琶
「……終わらせたいか」
ふっくら
「えっ
選択制なの!?」
ふっくらは
耳をふさいでみる
でも
風の音は消えない
ふっくら
「聞こえないのに
聞こえる……
これズルくない……?」
琶
「世界は
だいたいそうだ」
ふっくら
「急に深いこと言わないで!!
はるのかぜ回だよ!?
やさしい回だよね!?」
風が止む
一瞬だけ
完全に止む
草も
空気も
動かない
ふっくら
「……あれ?」
その静けさの中で
何か
“音のない音”が
確かに存在した気がした
ふっくら
「……いま……
聞いた」
琶
「……判断したな」
ふっくら
「うん……
たぶん……
聞いた……」
琶
「依頼、達成だ」
風が戻る
草が揺れる
さっきまでと同じ音
ふっくら
「……ねぇ琶」
琶
「なんだ」
ふっくら
「さっきの……
なに……?」
琶
「……はるのかぜだ」
(それ以上言わない)
ふっくら
「……そっか……」
納得したようで
していない顔で
ふっくらは丸い体を揺らす
琶は
報告書に一行だけ書く
【音を聞いた】
読者のほうを見て
小さく言う
「……聞こえたか?」
風は
答えないまま
吹き続けていた