「何を言っている!」
王が苛立ちを見せた。
仮にも王妃、しかも、身籠っている体で、現地へ赴くなど言語道断ということらしく、厳しい顔を波瑠に向けて来る。
「王妃よ、その様なことは、そなたが心配事することではない。……体が、すっかり、濡れてしまっている。早く着替えを!」
屋根はあるが、吹きさらしの回廊で、言い争っていては、確かに、もはや嵐と言って良い雨の中では、波瑠だけてはなく、その場にいる皆も、びしょ濡れになっていた。
「そうですよ!早く、お召しかえを!」
「……王妃様、いかがなされました。陛下の仰る通り、あなた様はお控えください」
回廊の先の先、王の住みかでもあり、国の顔、正殿とを繋ぐ重圧な扉が、ギシギシと音とをたてながら開いた。
そして、おろおろしている、宦官と、その後ろで、鬱陶しそうに波瑠を見ている、陰険な雰囲気の男がいた。
回廊から、一段高くなった造りになっているため、そして、数人がかりで押し開かなければならない扉のお陰で、正殿は、浸水の被害にはあっていないようだった。
そのためか、正殿側にたたずんでいる者達は、どこか、他人事、いや、濡れてはならぬと、回廊へ出向くことすら拒んでいるように、伺える。
遠目で、姿はハッキリしないが、波瑠には、忠告のような言葉をかけて来たのが誰であるか、その声で見当がついた。
光琳と宰相だ。
たちまち、あの、漏れ聞こえて来た二人の会話が思い起こされ、波瑠の中に怒りが沸いてきたが、今は、それどころではない。
なのに……、なぜ、上に立つ者達は、下々の、民の事を考えもせず、のんびり構えているのだろう。
少なくとも、裏方の後宮では、被害が出ているというのに……。
「……おや?そちらにいらっしゃるのは、崔老将ではありませんか?あなたは、ご隠居された身。それを、ぬけぬけと……」
宰相が、言った。
どこか、含みを持たせた物言いは、あきらかに、皆を助けようと尽力をつくしている老将を見下している。
なにより、雨風に吹き付けられることもなく、のほほんとしている姿が、波瑠には、我慢ならなかった。
「何よ!その態度!」
うっかり、口を滑らせた波瑠へ、老将は、王妃様と、いさめて来る。
「宰相様、失礼いたしました。人手が足りずと、現地へ赴かされ、つい、昔の癖から、宮殿が恋しくなりまして……」
こちらも、含みを持たせた物言いで、悔しさを噛み締めながらにしか見えない、しかめ面を浮かべ、宰相へ向かって頭を下げていた。
きっと、仲が、悪いんだ。派閥争いというやつかもしれない。と、波瑠も、うっすら気がつきつつ、しかし、天候は、益々酷くなるばかり。
「ああ!もう!私が、王妃だから、なんでしょ!私は、王妃じゃない!私は、波瑠!それなら、問題ないでしょ!」
いきなりの、波瑠の叫びは、険悪な雰囲気を壊したが、何を言い出したのか、言いたい事が、まるでわからないと、皆に、大混乱を巻き起こした。