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129 - 第81話:イロハ家計簿の朝

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2025年12月18日

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第81話:イロハ家計簿の朝
朝のキッチン。


まひろの母は、エプロン姿で


湯気の立つ味噌汁をよそいながら、

スマホサイズの家計端末〈カチョ〉を指でなぞっていた。


まひろは水色のTシャツに黄緑の短パン。

寝癖がぴょこんと飛び出し、まだ片目がとろんとしている。


「おかあさん、その画面なに見てるの?」


母はやわらかい声で微笑んだ。


「家計のまとめよ。ほら……今日はイ枠が多かったの」


まひろは首をかしげて近づき、背伸びして画面をのぞきこんだ。


端末には、昨日のスーパーでの購入記録が並んでいた。


・ミライタマゴ ロ枠

・未来柿 ハ枠

・協賛パン イ枠(夕方イ割)


値段はどこにも書かれていない。


代わりに、右上には淡い緑色で

〈今日の安心指数:ロ〉

と表示されている。


「……おかあさん、“イ枠”ってお金のこと?」


まひろが目をぱちぱちさせながら聞くと、

母はポットの蓋を閉め、ふんわり答えた。


「そうよ。大和国の家計簿は、むずかしい数字を見なくてもいいようにできてるの。

 “イ枠=よくがんばった日”、

 “ロ枠=ふつうの日”、

 “ハ枠=ちょっと安心した日”。

 そういうふうに見るのよ」


「でも……お金がいくら使ったか、知らなくていいの?」


まひろの声は無垢で、どこか心細い。


母は温かい手つきで、まひろの頭をなでた。


「ええ。心配しなくても大丈夫。

 今の大和国では、“感じる”ことのほうが大事なの。

 お金の数字にふりまわされるより、今日の過ごし方を安心することが一番って言われてるわ」


その瞬間、〈カチョ〉の画面がふっと明るくなった。


〈支出:順調です〉

〈今日の過ごし方:イ → 朝食

         ロ → 外出

         ハ → 休息〉


まひろは画面をじっと見つめた。


「……なんで、過ごし方まで決めてくれるの?」


母はカップを並べる手を止めず、ゆっくりと答えた。


「みんなが安心できるように、よ。

 ほら、考えすぎると疲れちゃうでしょ?

 だから“イロハの順番どおり”で動くと、一日がちゃんと流れるの」


まひろは唇を噛んだ。


「でも……もしハ枠ばっかりになったら?」


母は少しだけ間を置き、

優しい声で言った。


「ハはね、“休めば大丈夫”ってことよ。

 お母さんも昔はハが続いたことがあるけど、

 そのときは“安心相談”の人が家に来てくれて、

 “どう暮らしたいですか”って聞いてくれたの」


それは本当の優しさなのか、

ただの監査なのか——

まひろには判断できなかった。


まひろは小さく呟いた。


「……お金って、むずかしいんだね」


母は笑顔で返す。


「ええ、むずかしいの。

 だからこそ、大和国のやり方は“安心でやさしい”のよ」


その言葉に、

壁に埋め込まれた翡翠核端末が淡い緑で応えた。


静かに脈打つ光の中で、

イロハはまたひとつ、

まひろの世界を形づくっていった。

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