バスに乗ると、美宇は一番後ろの席で男性と並んで座った。
美宇の予想通り、彼は誰かに会いに来たらしい。
彼のコートからはかすかに消毒液の匂いがし、美宇は医療関係者かもしれないと思った。
「札幌、函館、小樽、旭川には行ったことはあるんですが、こんなに北上するのは初めてなんですよ」
「そうですか。ちなみにどちらから?」
「東京です」
「じゃあ同じ飛行機だったんですね。私も東京からなんです」
「そうでしたか。でも、今はこちらに住んでいるんですよね?」
「はい、去年移住しました」
「おー、それなら大先輩だなあ。実は僕も今日からこっちに住むんです」
「え? じゃあ、移住されるんですか?」
「はい」
そのとき、美宇はなぜか胸騒ぎを覚えた。
(え? この人って、もしかして絵美さんの……?)
そう思った美宇は、さりげなく男性に尋ねた。
「移住ってことは、お仕事はこちらで?」
「はい、実は僕は医者なんです。アパートの近くに小峰医院っていう病院があるのをご存じですか?」
その言葉を聞き、美宇の推理は確信へと変わった。
「もちろん知ってます。でも、あそこは春で閉院するんじゃ……?」
「そうなんです。でも僕が引き継ぐことになりまして……。あ、今後はご近所ですね、よろしくお願いします」
男性はそう言って微笑んだ。
美宇は心臓の高鳴りを抑えながら、思い切って尋ねた。
「あの……もし違っていたらごめんなさい。あなたが会いに来た人って、もしや関谷絵美さんでは?」
美宇の言葉に、男性は驚いた表情を浮かべた。
「どうして絵美のことを?」
「私、彼女と友達なんです。同じアパートの隣に住んでいるんです」
「!」
男性はかなり驚いていた。
偶然同じバスに乗り合わせた女性が、これから会いに行く絵美の友人だとは思っていなかったのだろう。
そこで、男性は美宇に尋ねた。
「絵美は……絵美は元気ですか?」
「もちろん、元気ですよ」
「良かった。お……お……」
「?」
「つまり、その……男……いや、恋人はいるんでしょうか?」
切羽詰まった男性の顔を見て、美宇は思わず笑ってしまった。
彼は、絵美に恋人がいるかどうかを知りたいのだ。
「今はいないみたいですよ」
「えっ? 今はってことは、前はいたんですか?」
その瞬間、美宇はしまったと思った。
彼は、絵美がこの地で他の男性と付き合っていたことを知らないのだ。
「そういうわけじゃなくて……東京にいたときにお付き合いしていた人がいたと聞いていたものですから……」
その言葉を聞き、男性はホッとしたような顔を浮かべた。
「良かった……じゃあ、今はフリーなんですね」
ちょうどそのとき停留所に着き、二人はバスを降りた。
「アパートまでご案内しますね」
「お願いします」
美宇はバス通りから細い道に入り、アパートの前まで男性を案内した。
「このアパートです。絵美さんのお部屋はそこです」
「ありがとうございます。もう帰ってるかな?」
「えっと、車がないのでまだ帰っていないかも……」
ちょうどそのとき、絵美の車が勢いよく駐車場へ入ってきた。
そしてすぐに絵美が車から降りてきた。
「あれ~、美宇ちゃんお帰り! 予定よりずいぶん早くない?」
「うん。少し予定を早めちゃった」
「あはは、もうこっちの方が故郷みたいになっちゃったの~?」
「そうかも」
美宇がそう答えると、絵美は可笑しそうにけらけらと笑った。
しかし、美宇の後ろの人影に気付き、笑うのをやめた。
「お知り合い?」
そのとき、男性が美宇の後ろから姿を現した。
「絵美っ!」
男性の姿を見た絵美は、驚きのあまり言葉を失った。
しばらく彼をじっと見つめた後、彼女はようやく口を開いた。
「圭! どうしたの? なんでここにいるの?」
その名前を聞き、美宇はドキッとした。
(この人も『圭』って言うんだ……)
そのとき、『圭』という男性が答えた。
「こっちで開業することにしたんだ」
「え? 嘘っ!」
「嘘じゃないよ。ねっ!」
圭はそばにいる美宇に同意を求めた。
そこで美宇が慌てて説明した。
「空港で一緒になって、ここまでご案内したの。彼は小峰医院を引き継ぐんですって」
美宇の言葉を聞いた絵美は、信じられないという表情を浮かべた。
「どうして? なぜあなたが小峰医院を継ぐの?」
「僕の恩師が北海道出身で、偶然小峰先生と知り合いだったんだ。たまたま僕がこの辺りで勤められる病院はないかと尋ねたら、小峰医院を紹介されたんだよ」
「…………」
絵美は驚きのあまり押し黙った。
しかし、急に思い出したように圭に言った。
「でも、あなたは精神科医でしょう? 内科や小児科を引き継げるの?」
その言葉に、圭は得意げな表情で答えた。
「この三年間、外部の病院で内科と小児科の研修を積んできた。だから、大丈夫!」
圭の言葉に、絵美は信じられないという表情を浮かべた。
「絵美、僕は君じゃないとダメなんだ。君と別れてから新しい出会いを探したけど、どれも続かなかった。そこで気づいたんだ。僕には絵美が必要だってね」
その言葉を聞いた途端、絵美の瞳から涙があふれ出した。
「絵美! 結婚しよう! 僕たちはそうするべきだったんだ。結婚して、この先ずっと一緒にいよう!」
圭が言い終わらないうちに、絵美は走り出して彼に抱きついた。
「バカバカバカ! どうしてもっと早く言ってくれなかったの! 私はその言葉をずっと待ってたのに!」
「ごめん、絵美……僕はバカだから、失って初めて気づいたんだ。君がかけがえのない存在だってことに」
「わあああん」
そこからは、絵美の激しい泣き声だけが響いた。
美宇はそっと部屋の前まで行き、鍵を開けて中へ入った。
振り返ってドアを閉めるとき、圭と目が合った。
泣きじゃくる絵美をしっかり抱きしめながら、圭は美宇に向かって右手でグッドマークを作った。
美宇はにっこりと微笑み返し、玄関のドアを静かに閉めた。
部屋に入った美宇の胸はいっぱいだった。
(良かった、絵美さん、本当に良かった……)
感動の場面を目の当たりにした美宇の瞳にも、嬉し涙がかすかに滲んでいた。
コメント
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絵美さん良かったーーー🥹 離れていてもお互い思い合ってたんですね😭 圭さんからプロポーズ💕✨ お二人ともお幸せに🎉 小峰医院を引き継がれることになって、斜里町も安泰🙌 良かったです😊😊 次は美宇ちゃんの番だね! この幸せにあやかって、美宇ちゃんも朔也さんと🥰
絵美さんの待ち人圭さん来たね。プロポーズまで!!なんて嬉しい再会💕💕 それも小児科医院を引き継いでくれるって地域にとっても嬉しい事だよ(*´艸`*) 幸せの連鎖美宇ちゃんにも届けっ(∩˶˃•˂˶)◞🎀⋆͛
圭さん、絵美さん、 おめでとうございます💐🎉✨️ 末永くお幸せに🍀✨️ さあ!朔也さんと美宇ちゃんも続いて!! 幸せになっちゃいましょう❣️👩❤️👨💘💘💘