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手術から一ヶ月後。
八月も下旬に差し掛かる烈日の中、瑠衣は侑に付き添われ尽天堂大学病院を退院した。
今後一年間は月に一回程度外来で通院し、経過観察をする事になっている。
まだ午前中だというのに、煌々と照りつける陽光が痛いほどに眩しい。
瑠衣がハンカチを持った手で顔を翳し、見かねた侑が、すぐさま木陰のある歩道へ誘導した。
東新宿の自宅へ戻ると、侑はチェストから大きな書類を恭しく取り出す。
ローテーブルにペンと一緒にそれを置くと、瑠衣の前に差し出した。
「瑠衣。驚かすようで申し訳ないんだが、これから怜と音羽さんがうちへ来る事になっている。その前に…………これを書いてくれないか?」
彼女が覗き込んで見たものは婚姻届。
いきなり彼にそう告げられ、瑠衣は瞳を僅かに丸くさせる。
侑の名前は既に記入済みで、妻になる人の記入欄と証人欄は空白になっている。
「ヤバい……書き間違えちゃったら……どうしよう!?」
「心配するな。予備が二枚ある」
言いながら侑は、残り二枚の婚姻届を見せる。これらも既に彼の署名済みだ。
「うわぁ……。先生、用意周到だね」
「瑠衣。先生じゃないだろ? お前は俺の妻になるんだぞ? 俺の事、何て呼ぶんだ?」
「ゆ…………侑さ……ん……」
照れながらも瑠衣はペンを取り、緊張しつつも流麗な文字で妻の欄に記入していく。
彼女が入院している間、侑は友人の葉山怜に連絡を入れ、瑠衣が子宮頸がんで尽天堂大学病院に入院している事、退院したら入籍する事、婚姻届の証人欄に怜とフィアンセの音羽奏に署名して欲しい事を伝えた。
怜と奏がいたからこそ、侑と瑠衣が結ばれたという事もあり、証人欄に署名して欲しいと思ったのだ。
彼らは見舞いに行く、と申し出たが、豊田から病院まで距離がある事もあり、侑は『申し訳ないから』と丁重にお断りした。
証人欄を記入してもらう際、侑と瑠衣で豊田まで出向く事を伝えると、怜は『九條さんの体調を最優先して、俺と奏が東新宿まで行くよ』とまで言ってくれた。
侑は二人の気遣いを有り難く受け止め、今日に至っている。
瑠衣が署名し、ペンをローテーブルに置いた直後にインターフォンが鳴り、侑が玄関へ向かった。
リビングに入ってきた怜と奏が手土産を侑に渡し、親友カップルは瑠衣の表情を見た瞬間、再会できた事を喜び破顔させている。
「九條さん、よく頑張ったな。それと、おめでとう!」
「瑠衣ちゃん、またこうして会えて、本当に嬉しい! 退院、それから結婚おめでとう……!」
「葉山さん、奏ちゃん、ありがとうございます……」
はにかんだ笑みを浮かべ、瑠衣は会釈すると、怜と奏はソファーに腰掛け、侑と瑠衣の署名がしてある婚姻届をまじまじと見つめていた。