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今でもよく分からない、不思議な話。
私には、幼少期から実母とは別で素性の知らない「お母さん」がいた。
守護のS兄も母親より母のような小言を言うが、彼のことではない。
私の母は幼少期から自分をママと呼ばせていた。理由は「お母さん」の響きがなんだか老けて感じて嫌だそうで。
別に何でも良いだろと思うが、祖母も「おばあちゃん」と呼んだらぶっ飛ばしてくるくらい「呼び名で老いを感じる」ことが嫌だったらしい。なのでずっと今に至るまで名前で呼ばせてくる。
しかも娘が生まれてからもその感覚は続いていて、祖母はやっと「年相応だから」と80歳を超えてから娘に「ばあば」と呼ばせるようになった。
母も流石祖母の娘、50代で孫が誕生しても「ばあちゃんなんて呼ばせないで」といつしかの祖母のように自分のことを名前で呼ばせている。
なので私は娘が生まれるまでずっと母のことは「ママ」と呼んでいた。
私がまだ10代の頃の話である。
S兄曰く、小学2年生くらいの頃だったか、本家で暮らしていた私の近くにある時を境にして「お母さん」を名乗る女が現れたという。
先に気付いたのは、当時から私を守護していたS兄。いつ何をきっかけに現れたという明確な記憶はないらしい。
ある日突然、何のきっかけもなく私の真横に現れたそうだ。
今にしたら私が作り上げたイマジナリーフレンド的なものだったのではないかと思ったが、どうやらそういう類いではないらしい。
S兄が試しに攻撃をしかけても、見事に当たらなかったという。
最初に近寄って来た時、私はその「お母さん」を認識していなかったそうだ。
1週間ほどして、何かの拍子にその「お母さん」と目が合ったことで認識したのだが、初対面で「お母さんって呼んでね」と笑顔で言われてから「お母さん」と呼ぶようになった。
そいつは悪さをする訳でもなく、私が落ち込んだ時はハグしながら「お母さんがいるよ、大丈夫」などと、実母よりも優しいお母さんのような言動と行動を取る。
その「お母さん」は決まって私が部屋に1人でいる時に現れ、学校や家での話を聞きたがった。
他愛もない普通の会話をして、相槌を打ってくれる。話の最後は決まって「今日も楽しそうで良かった」と笑って言い、その後ふと姿を消す。
何かに視線を向けて振り向くと「お母さん」は既にいなかった。いつもそうだ。S兄もそれを引き止めたりはしない。
実母や祖父母が不在の時にしか出現はなく、存在を認知されることもなかった。
私も何となく直感的に実母達には言わない方が良いのかもしれないと思って、これまで他人に話したことはない。
「お母さん」は実母とは全く似ても似つかない容姿をしていた。
実母が長年黒髪ロングなのに対して、「お母さん」は明るい茶髪のボブ。
いつもデニムにTシャツ、それからエプロン。実母はエプロンは自営業の仕事でしか着用しない。対して「お母さん」は常にエプロン姿だった。
まるで専業主婦のような見た目で、学校から帰宅して部屋に1人で入ると「おかえり」と求めてないのに勝手にハグをしてくる。
最初は戸惑ったが、何度も何度も繰り返すうちに慣れてしまった。
ハグされる時には決まってふわっと、お日様の下で干した洗濯物のような匂いがした。
経験上悪い奴だと、腐乱死体を連想するような腐敗臭が漂うのだが、この「お母さん」からはいつも暖かい匂いがする。
怖い要素が全くない「お母さん」に私は警戒することもなく、時は流れて高校生になった頃。
当時は人間関係で面倒事が色々あって、疲れたなと思いながら帰宅した日、「お母さん」は私の顔色を見ながら何かあったのかと尋ねた。
実母は何かと宗教絡みで信仰心に結び付けるので相談はしないようにしていたが、「お母さん」はそのまま聞いてくれる。
あったことを素直に全て話すと、「お母さん」は困ったような顔で私にハグをした。
それから手を握ってやけに真面目な顔で、「本当に辛いことがあったら、こっちに来てもいいのよ。無理しないで、辛くなったらお母さんのところに来なさいね、誰も責めないから」と言った。
その時「お母さん」の視線は何故か、実母のドレッサーの引き出しに向いていた。
ただその一言で、何となく直感が働いて「お母さん」から手を離した。
不思議なことにこの「お母さん」、別に肌が冷たいとか生きてる人間にしては不審な点が一切なくて、突然部屋に現れる以外は人の温もりも影も普通にあった。
私の肩に無言でS兄が手を置いたのを覚えている。振り返ると口パクで「ダメだぞ」と言っていた。
「お母さん心配なのよ。だからね、本当に辛いことがあったら、遠慮しなくて大丈夫よ。お母さんずっと待ってるからね」
彼女は本当に愛娘を心底心配する親の目をしていた。
その後も人間関係では色々あったが無事高校を卒業して、20歳で娘を出産。その間、本家を飛び出したのもあって「お母さん」が現れることはなかった。
元旦那とのいざこざで自殺未遂をした時も、「お母さん」は現れなかった。
でも時折、特に辛いことはない日に限ってふと夢を見るようになった。
幼少期の自分が、あの「お母さん」の後ろ姿を追い掛ける夢。
「お母さん待って!」と何度も呼び掛けるが、先を行く「お母さん」は立ち止まらない。
背景は決まって何もない。ただ、真っ白い光に包まれている。物凄く眩しい光の道をただ「お母さん」を追って走るだけ。
やがて疲れて立ち止まると、光の中に「お母さん」は消えて行くのだ。
S兄達には言っていないが、今も年に数回この夢を見る。
でも近年、霊体の善し悪しの区別がつくようになっているので、このまま進むと何か不味いかもしれないという危機感で自ら夢の中で立ち止まるようになった。
そして本当に稀に、ふと脳裏に響くようにあの「お母さん」の声がふわっと聞こえる時がある。
「いつでもお母さんのところにおいで、待ってるからね」と。
ところであの「お母さん」って誰なんだろうか?
後から知ったが、実母のドレッサーの引き出しには、学校で配布されて小学校高学年の時に図工で使った小刀が(危ないので見えないよう)奥の方にしまわれていたそうだ。
優しい顔をした暖かい匂いの、とんでもない「お母さん」である。
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