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ruruha
最終話【消えないもの】
白。
ただの白だった。
画面いっぱいに広がる、何もない色。
「……っ」
北松誉は、息を止めていたことに気づいて、ようやく吐き出した。
「これ……」
シオンも、言葉が続かない。
数秒。
いや、もっと長かったかもしれない。
やがて、画面が切り替わる。
黒い背景。
その中央に、短い一文。
COMPLETE
静寂。
それから。
「……成功だ」
相良が、低く言った。
誉の膝から力が抜ける。
「……終わった?」
「少なくとも、ネットワークは停止している」
高瀬が、壁にもたれたまま笑った。
「やっとか」
「軽く言うなよ」とシオン。
「こっちは命張ってんだよ」
「俺も張ってる」
「見えない」
「だろうな」
でもその声には、わずかに疲れが混じっていた。
数分後。
相良のインカムに連絡が入る。
『不正アクセス、全停止確認。新規の流出も止まっています』
「……確定だ」
相良が静かに頷く。
「完全に止まりました」
誉はその場に座り込んだ。
「……まじか」
「まじ」
シオンも、床に腰を下ろす。
「はぁ……」
初めて見るくらい、力の抜けた顔だった。
「……北松」
「はい」
「やったな」
「……やりましたね」
二人で、小さく笑う。
だが。
まだ、終わっていないものがあった。
「……で」
相良が言う。
視線が、高瀬へ向く。
「あなたの処遇ですが」
「逮捕?」
「可能性は高い」
「だろうな」
高瀬はあっさり頷いた。
逃げる様子もない。
「ただし」と相良。
「今回の件において、あなたの行動が結果的に被害の拡大を防いだのも事実です」
「結果的に、ね」
「動機と手段は別問題です」
「分かってる」
高瀬は少しだけ笑った。
「でもさ」
「何ですか」
「これ、俺一人じゃ止められなかった」
視線が、シオンへ向く。
「だから呼んだ」
シオンは何も言わない。
「……最低な呼び方だったけどな」
ぼそりと返す。
「うん」
高瀬が頷く。
「それは自覚ある」
誉はそのやり取りを見ながら、少しだけ肩の力が抜けた。
敵でも味方でもない。
ただ、同じ問題を違うやり方で見ていた人間。
そんな感じだった。
相良が通信を入れる。
「対象確保。抵抗なし」
数名の警官が中へ入ってくる。
高瀬はそのまま手を差し出した。
抵抗しない。
あっさりと、連れていかれる。
その途中。
一度だけ振り返る。
「……シオン」
「何」
「名前」
「……」
「悪くなかったぞ」
それだけ言って、去った。
シオンは何も返さなかった。
ただ、少しだけ目を伏せた。
外に出ると、空が少しだけ明るくなっていた。
朝が来る。
長かった夜が、終わる。
「……終わりましたね」
誉が言う。
「うん」
「なんか、実感ないです」
「分かる」
しばらく二人で黙って歩く。
言葉がいらない感じだった。
でも。
「……シオン」
「何」
「………本名」
「うん」
「呼びませんからね」
シオンが少し笑う。
「なんで」
「約束したじゃないですか」
「してないけど」
「しました」
「記憶改ざんしてない?」
「してません」
少しだけ、空気が軽くなる。
「…でも」
誉が続ける。
「ちゃんと見ました」
「……うん」
「隠すほど悪いものじゃなかったです」
シオンは、少しだけ驚いた顔をした。
「そう?」
「はい」
「……そっか」
それだけ言って、前を見る。
駅へ向かう道。
始発が動き出す時間。
人が少しずつ増えていく。
何も知らない顔で、日常が始まる。
「……結局」
誉が言う。
「俺、なんだったんですかね」
「何が」
「ただのサラリーマンだったのに」
「今もそうでしょ」
「そうですけど」
少し考えてから、シオンが言う。
「でもさ」
「はい」
「北松いなかったら、たぶん全部ズレてた」
「……そうですか?」
「うん」
「じゃあ」
誉は少しだけ笑った。
「半分くらい役に立ちました?」
「いや」
シオンは首を振る。
「全部」
誉は一瞬だけ言葉を失う。
「……それは盛りすぎです」
「盛ってない」
「盛ってます」
「でも事実」
またその言い方だ。
でも、今回は悪くなかった。
改札前。
立ち止まる。
「じゃあ」
シオンが言う。
「ここで」
「ですね」
「もう巻き込まれたくない?」
「……正直」
「うん」
「もういいかなって思ってます」
「だよね」
「でも」
「でも?」
「また何かあったら、呼んでください」
シオンが少しだけ目を細める。
「なんで」
「最後まで見たいんで」
少しの沈黙。
それから、ふっと笑う。
「……物好き」
「よく言われます」
「じゃあ」
シオンは軽く手を上げた。
「またな、北松」
「はい」
「シオン」
それだけ言って、別れる。
電車の中。
座席に座って、窓の外を見る。
いつもの朝。
いつもの景色。
でも、少しだけ違って見えた。
誉は小さく息を吐く。
名前。
過去。
消したいもの。
全部消えるわけじゃない。
でも。
「……まあ、いっか」
小さく呟く。
消えないものがあっても、いいのかもしれない。
それでも前に進めるなら。
その日の夜。
帰宅。
玄関を開ける。
電気をつける。
そして……………
「……なんでいるんですか」
ソファに、シオンがいた。
「合鍵」
「作ってないです」
「気合い」
「怖いです」
シオンはスマホを見ながら言う。
「で、飯ある?」
「帰れ」
「やだ」
誉はため息をついた。
でも、少しだけ笑った。
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