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16年目のKiss

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16年目のKiss

12 - 4.忘れたい、消えない過去 -2

♥

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2024年08月27日

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「余韻て、何の?」

ゴフッと、槇ちゃんがパスタにむせる。

何となく気になった言葉だが、彼女の反応からすると、トキメキのようなロマンティックな意味合いではなさそうだ。

私は頬杖をつき、大袈裟にため息をついた。

「寝た後にトキメキも何もないじゃん」

「誰もそんなこと――っ」

「酔ってヤッて正気に戻って告白って、順番めちゃくちゃじゃん」

やれやれと手振りで表現する。

「千恵こそっ! 柳澤とどこに消えたのよ? 普通に元サヤじゃん」

元サヤに普通も普通じゃないもあるのだろうかと思ったが、今はどうでもいいことだ。

「違うし」と、否定する。

「けど、寝たんでしょ?」

「……睡眠は大事よ」

「なに初心うぶぶってんのよ」

「失礼ね」

本当に初心な女は、こんな話をしながらガーリックステーキなど食べないだろう。

店内の客の出入りが忙しくなる。

隣にいた若いカップルが、いつの間にかサラリーマン三人に変わっている。

同年代だろう。

営業がどうとか企画がどうとかと話している。

一番年長に見える男性のスマホが鳴り、その場で耳に当てる。

「もしもし? ――うん、そう、何も食べられないらしくて。うん。は? ポテト? そんな脂っこいもん? ――へぇ。わかった」

何も食べられない、ポテト、でわかった。

妊娠中の女性のことだ。

私が隣を横目で見ていると、槇ちゃんもまたそうした。

「飯の匂いがダメだから外で食って来てほしいって言われたらしくて――、はっ? いや、今来たばっか。ああ。わかった、伝える」

男性がスマホをテーブルに置く。

あやさんですか?」

「ああ。つわり中でも口に入れられそうなものメッセージで送るって。それから、是枝これえだは食ったら早く帰れって」

是枝、と呼ばれた男性が反応する。

真面目そうな青年だ。三十になるかならないかの年に見える。

彼の奥さんが妊娠中らしい。

「え? けど、俺いたら落ち着かなそうだし――」

「――体調が悪い時に一人は心細いだろうからって」

「……」

「女の言葉は裏があって難しいな」と、三人目の男性が言った。

少し髪がツンツンしていて、爽やかだ。

「あ、きた」

電話を終えた男性がメッセージを確認し、転送する。

「フライドポテトにサイダー? レモン〇カッシュ、ミントアイス――」

「――お待たせいたしました」

男性たちが注文した料理が届けられる。

ピザ二枚にパスタにガーリックステーキライス、カツサンド……ではなくローストビーフサンド。

「すいません」

是枝さんが店員に声をかけた。

「フライドポテトをテイクアウトできますか?」

「できますよ。すぐにお作りしてよろしいですか?」

「はい、お願いします」

彼の前にはビールではないグラスがあった。他の二人はビールだが。

「ほれ、先に食え」と、上司らしい年上そうな男性がピザを是枝さんに進める。

「ありがとうございます。ポテトが出来たら帰ります」

「そうしろ」

奥さんは愛されているな、と思った。

私は梨々花を妊娠してつわりが酷かった時、実家の母親に来てもらった。

代わりに、旦那は帰って来なくなった。

自分がいると母親が気を遣うだろうし、仕事が忙しいと言っていたけれど、きっとあの時に最初の浮気は始まっていた。

「あ、野菜サラダもいいらしいぞ? あと……パスタを揚げたもの? なんだ?」

「あ、居酒屋とかにありますよね。ここには……あ、これじゃないです? 揚げパスタ」

「そのまんまだったな」と、スマホを持った男性が笑う。

「それを砕いてサラダにのっけて食べても美味しい、だと。これ、彩の好きなもんじゃねーの? 俺に買ってこいってことか?」

男性がメッセージに突っ込みを入れているうちに、是枝さんが店員に追加のテイクアウトを注文する。

「あ、ローストビーフサンドもお願いします」

「え?」

「ピザだけ食って帰れ。それならそんなに匂わないだろ」

「いいですよ、自分で――」

「――買って行っても食えないかもしれないだろ。それだと、彩が責任感じそうだから」

「すいません、ご馳走様です」

是枝さんが上司にお礼を言い、同僚らしい髪がツンツンしている男性に勧められるままピザとパスタを少し食べる。

「愛されてるねぇ、奥さん」と、私は小声で言った。

隣の会話を聞きながら黙々と話していたから、私と槇ちゃんの目の前には重ねられた空の皿だけが残っていた。

「私ね、流産したの」

同じく隣に聞こえないように、槇ちゃんが小声で言った。

私は目を見開く。

「旦那の暴力で」

「は?」

「旦那は子供が欲しくない人で。……気をつけてたんだけどね?」

「ちょ――」

「――すいませーん」

槇ちゃんが店員を呼び、ビールを注文する。私は、もう一度カルーア。

店員は空いた皿を持って戻って行く。

「槇ちゃん、今の――」

「――私も子供がいなくてもいいと思ってたの。だけど、いざ出来たら、やっぱり産みたくなっちゃって」

「そりゃ……」

当然と言えば当然の感情だ。

どうしても産みたくない事情があるのでなければ、宿った命を守ろうと思う女性がほとんどだろう。

「旦那はね、自分の稼いだお金を子供のために使われたくないって」

「はぁ!?」

思わず大きな声が出た。

隣のテーブルの三人がこちらを見た気がしたが、私はそちらを見なかった。

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