仁はこの日夕方世田谷のマンションに戻った。
仁はテレビ局を出てから馴染みの出版社へ顔を出しその後銀座の画廊へ行く。
画廊で開かれている友人の絵画展を見てから漸く家路についた。そして駅前で牛丼をテイクアウトして帰る。
帰宅後すぐにシャワーを浴びると夕方のニュースを見ながら牛丼をかき込む。
「うん、やっぱり高菜明太マヨに限るな」
仁は頷きながら一気に牛丼を平らげた。ビールを飲みたい気分だったが夜は執筆があるので我慢をする。
食べ終えた容器を片付けるとテーブルを綺麗に拭く。元々綺麗好きな仁は料理以外の家事はきちんとやっていた。
だから部屋は意外と片付いている。
それから仁はデスクの前に座った。
今書いている小説は旅情系のミステリーで鉄道を絡めた作品だ。
仁は旅が好きでたまにふらりと旅に行く。旅行は車で行く事が多いがたまに鉄道を利用する。
だから電車は好きな方だ。
ただし鉄オタには程遠いので今回のように時刻表と睨めっこしながらの作業はかなり面倒だ。
仁はJRの分厚い時刻表を見ながらブツブツと呟く。
「チッ、めんどくせーな、アシスタントに鉄オタでも雇うか?」
それから二時間時刻表と格闘すると、なんとか納得いく内容に仕上がった。これなら鉄オタに突っ込まれる事もないだろう。
下調べは完璧に___これは仁が小説を書く上での鉄則だ。
しかし集中力は二時間で途切れた。
仁は椅子から立ち上がると冷蔵庫へ向かった。そしてペットボトルを出して蓋を開けるとグビグビと飲む。
「フーッ」
思わず大きなため息が漏れる。今日はどうも筆が乗らない。
そこで仁は急に思い出したようにバッグの中から一枚の紙を取り出す。テレビ局で悦子に渡されたあのプリントだ。
それを持って再びデスクの前へ座る。
仁のデスクは横長のかなり広いタイプで中心にデスクトップ型のパソコンが鎮座している。これは主に執筆用だ。
そして右手にもう一台デスクトップパソコンがある。これは主に遊び用だ。執筆に飽きたらこれでゲームをしたり映画を観てリラックスする。
反対側の左手にはノートパソコンが置いてある。これは主にメールでの連絡と調べもの用だ。
仁は座ったままキャスターを転がし左側へスーッと移動するとノートパソコンに向き合う。そして悦子から渡されたプリントのURLにアクセスしてみた。
【月夜のおしゃべり】
(ハハン、どう考えても場末のバーだろう)
仁は苦笑いをしながら早速サイトにアクセスした。
しかしサイト名とは裏腹にトップページはシンプルでスタイリッシュなデザインだ。ごちゃごちゃしていないところにセンスを感じる。
マニュアルオタクの仁はまず初めに『月夜のおしゃべりハンドブック』という項目を開いた。
そこにはこのサイトの使い方や注意点などがわかりやすく書かれている。マナーが悪い人間がいた際の報告先もきちんと表示されていた。
(なるほどね___)
一通り読んだ仁はとりあえず登録してみる事にした。
登録の際のメールアドレスはフリーメールアドレスを使った。ペンネームは後で考える事にしてとりあえず性別や住まい、結婚歴などを入力していく。
そして次の項目の前で指が止まる。
(職業か___なんと入れたらいいんだ?)
正直に作家と書くわけにはいかない。そこで仁はこのサイトに登録している男達の職業欄をチェックしてみた。
(医者、会社経営、弁護士、個人投資家……けっ、嘘だろう? 絶対嘘入力してんなコイツら___)
眩しいほど煌びやかな職業の男達の写真を確認する。すると『超』がつくほどのイケメンばかりだ。
(嘘くせーなー、拾い画像か?)
その不自然なほどのイケメン写真はおそらく本人のものではないだろう。
このサイトの利用者は比較的高学歴の真面目な人間が多いと悦子が言っていたが全然違うじゃないかと仁は思う。
男性登録者でこうなんだから女性も出会い目的の人間が相当数混ざっているのだろう。
仁は悩んだ挙句職業欄に『フリーランス』と入力した。
そして次の『趣味』の項目で再び悩む。
(俺の場合仕事が趣味だからなぁ……読書? 読書でいいか)
とりあえず取材の為の登録なのでそこまで真面目に考える事もないだろうと仁は趣味の欄に『読書』『美術鑑賞』と入力した。美術鑑賞について最近色々な芸術品を見に行く機会が多いのであながち嘘ではない。
最後にプロフィール写真をどうしようかと悩む。まさか本物の写真をアップする訳にはいかない。
そこで仁はスマホを見て何か使えそうな写真がないかとアルバムをめくる。そしてある写真で指が止まった。
それは軽井沢の別荘へ行った時に散歩の途中で出会ったリスの写真だ。軽井沢ではよくリスに遭遇する。
(うむ、これなら女性受けもいいだろう)
仁は早速そのリスの写真をアップロードした。
あとはペンネームだ。そこまたしばらく悩む。
仁は筆名・神楽坂仁だったが本名は神谷仁(かみやじん)だ。どちらにも『神』がつく。
そこで英語の神=『God』というペンネームにした。
全ての項目の入力を終えた仁は最後に登録ボタンを押した。
【登録お疲れ様でした。これであなたのプロフィールは完成です。早速気になったお相手へメッセージを送ってみましょう】
(あとはメールを送ればいいんだな)
そこで仁は女性のプロフィールを見ていく事にした。
コメント
5件
綾子さんと仁さんが出会うきっかけですね‼️ワクワク☺️ドキドキ💓です。
「エンジェル」と「God」、趣味は全く同じ、メッセージが「生きるとは....」👼 もうこれは 繋がるべくして、繋がりそうな予感....
うわー仁さんが動きだした〜(*p'∀'q) 「God」と「エンジェル」お対✨ 知らない所で2人はすでに引き合い始めてるね。 仁さんは綾子さんのプロフィールのどこが気になってメールを見たんだろう。すっごく気になる!人気の作家さんだから余計に!!!