「ドレスは君が新調したのかい?」
「あ、はい。安田さんにもアドバイスをうかがったんですけれども」
安田さんに選んでもらったドレスも可愛くてお気に入りだけれども、もう少し大人っぽいものも着たかった。
聡一朗さんの妻に相応しい、隣に立って釣り合うような女性として見られたかった。
選んだのは一流ブランドのもので、サンゴ色のサテンを使ったドレープ遣いがとても優美に見えるロングドレス。
「いかがですか? 少し背伸びして大人っぽいものにしてみたんですけれども」
と、私はくるりと回ってみせる。
「素敵だよ、すごく。でも心配だな」
「……? なにが、ですか?」
と問う声がついひそんでしまうのは、抱き寄せんばかりに聡一朗さんがすぐそばに近付いてきたからだ。
「せっかく良くなった体調がまた崩れないか心配でね。とても、刺激的だから」
ぞわり、と背中に刺激が走った。
聡一朗さんが気遣うように私の背中をさすったから――。
このドレス、胸元タックが入ったホルターネックになっていて、前からは上品に見えるけれども背中は大きく開いていてセクシーに見えるのがポイントだ。
ラメ入りのボディーローションを塗ることも忘れないように、というスタイリストさんのアドバイスもきちんと守った。
素肌を直接撫でたその動きはどこか艶めかしくて、胸がぞわぞわとする。
そしてそれは、そのままジンジンとした胸の疼きに変わる。
「なんて年寄りくさい心配だったな。すごく素敵だよ」
くすりと微笑んで、聡一朗さんはどこか熱を帯びた声で囁くように続ける。
「メイクも別人だな。一瞬君だと解からなかった」
「密かに練習してたんですよ。こっそり講座に通ったり、自分で勉強したり」
はにかみながら答える私は、どうしても視線のやり場に困ってしまう。
聡一朗さんの顔がすごく近いからだけれど……それ以上に、眼差しが鋭くて――。
それは一心に私の唇に注がれているような気がする。
ルージュ、少し、赤すぎた……?
でも窘めるという冷たい視線と言うより、ドキドキさせられるくらいに熱を帯びていて……。
「それは知っていたけれど……ちょっと想像以上だった」
「想像、以上……?」
なにがだろう? 少し派手にし過ぎた……?
もう今からではドレスを着替える時間もない。
どうしよう、と眉根を寄せた表情で見上げてしまうと、なぜだか聡一朗さんも戸惑うように眉根を寄せて私から視線を外す。
「ごめんなさい、私、少し張り切り過ぎてしましました。今日は大切な日だから、あなたの妻として、子どもって見られたくなくて」
「そうじゃない。心配なだけだ、他の男が寄ってこないか――」
不意に、背中に回る手に力が入ったかと思うと、抱き寄せられた。
「あの、聡一朗さん――」
言葉をこぼして、すぐに息を止める。
私が声を発したのと同時に、聡一朗さんが耳元でなにか言ったような気がしたから。
その言葉を頭の中で確かめている最中に、聡一朗さんは私の身体を離した。
「ありがとう。君の努力がなによりも嬉しいよ。今日は緊張しないでほしい。俺が付ききりで君のそばにいるから」
俺もさっさと準備しなくてはな、と言い残し聡一朗さんは部屋を出て行った。
足早に行くその後姿に、私はぼうとしながら心の中で問い質していた。
『今すぐキスマークでも付けておきたいな』
そう言ったように聞こえたんですけれども、私の聞き間違いですか――?
※
私たちが祝賀会会場に入ったのは、それから二時間後だった。
会場は、一流ホテルの一番大きなイベントホール。
パーティ用のスーツに身を包んだ聡一朗さんが、私の手を取り恭しくエスコートしてくれる。
煌びやかに装飾されたホテルのエントランスを抜け、ホールに入ると、
「わぁ……すごい」
思わず独り言ちる。
人の多さに圧倒されてしまった。
私よりも年上の方ばかりで、この中では私が一番若輩者の小娘なのでは、とさえ思ってしまう。
しかもテレビで見かけたことがあるような著名な方もいて、ますます緊張してしまう。
その人たちの視線が、いっせいにこちらに向けられている。
特に私に注がれているように感じるのは、恐らく気のせいではないだろう。
初めて公の場に現れた聡一朗さんの妻がどんな人物なのか検分したくて、みんな堪らないらしい。
脚が震えそうになるのを、必死に耐える。
圧倒されてはだめだ。
こういう時だからこそ、堂々としていないと――と私は背中に力を入れる。
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