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その叫びに答えるかのように、ドアが開き、光が差し込んで来た。
眩しさからナタリーは、目を細めるが、階段が見えるということは、自分は地下の様な所にいるのだろうか。
思いを巡らす間もなく、男の声がした。
カイルの物とは異なる、野太いそれは、どことなく風格があった。
逆光で良く伺えないが、上段に立っている男が、ナタリーに向かって、下世話な言葉を吐く。
「おやおや、なかなか、活きの良い姉ちゃんだ」
言いながら、男は、階段を降りナタリーへ近づいて来た。
「ね、キャプテン、なかなかの、じゃじゃ馬ぶりでしょ?」
聞き覚えのある、カイルの声が続く。
キャプテンと、呼ばれた男は、少なくとも、6フィートは優に越える通常の男の頭二つは、抜きん出た、つまり、大男で、その後ろにカイルはすっぽり収まっていた。
隠れているのか、単に、大男の後で、姿が見えないだけなのか、定かではないが、恐らく、姿を見せたく無いのだろうと、ナタリーは、思う。
「あー!もう、大の男が、こんなことを!レディを、縛って監禁するなんて!それより、ここは、どこなのよっ!」
ハッハッハと、大男が、ナタリーの剣幕を笑い飛ばした。
「いやはや、すまないねー、この男に、言われてね、多少手荒い事をしてしまったわけさ」
「わ、わ、キャプテン、寝返るつもり!」
カイルが慌てている。
とはいうものの──。
このキャプテンとやら、良く良く話せば、理が通る男ではなかろうか?
先程から、言うほど手荒なことはしていない。もっとも、ナタリーを縛ったのが、彼なら話は別だが……。
キャプテンは、ナタリーの前へ来ると、しゃがみこんだ。
「あー、ちょっと、起こしてくださらないかしら?」
極上の笑みを浮かべ、ナタリーは、相手の出方を確かめる。
どうやら、目線を合わせるつもりらしいが、悪党ならば、ナタリーの希望など笑い飛ばすに違いない。
そして、キャプテンは、うっすら笑うと、ナタリーを抱き起こした。
「いやはや、カイルの言うことを信じると、ろくなことはない。持病の発作が起こって暴れるから、仕方なく縛ってる、だとさ。これの、どこが、持病やら」
やっぱりか。
ナタリーは、思うが、起きることはできても、この、キャプテンという男、ナタリーを縛るロープから、開放しようとはしない。
と、いうことは、どっちも、どっち。いや……。
差し込める光に、目が慣れたナタリーは、転がっていた自分を抱き起こした男の姿に、頭が痛くなる。
肩には金モール、胸には金ボタンが左右対称に付いている、青いロングジャケットに、膝丈の革製ブーツ。腰にはサーベル。左目には、眼帯《アイパッチ》、襟の下まで延びている、少し延びすぎている、栗色の髪……。
しっかりした船で、長期間、航海をしているという証だが、今度も、制服姿。結局、どこかの国の海軍当たりのお出ましということか。
やはり、カイルは、他国に属していて、その、自国だか、なんだか、属する組織と、合流したのだろう。
けれど、何故に、ナタリーまで、連れて来る?
「あー!!カイル!もしかして、私、人質なのっ?!」
ロザリー当たりを、ゆするつもりか?!
「えー!まさかっ!ハニー!俺は、君と、ハネムーン中だったでしょ?!ちょっと、クルージングなんて、洒落こんでみたんだけどなぁ」
言う、カイルは、あの黒い司祭服姿から、上質のエジプト綿のシャツを纏《まと》い、第二ボタンまで外しての和みきった、格好になっていた。
「まっ、何故、レディが、こんな目に会っているのかは、こちらは知らないが、残念ながら、こいつとは、ちょっと、腐れ縁でね、寄港するまで、仕方なく……ってこと」
キャプテンは、言うと、空々しく肩をすくめた。
ともかく、自分は、どこかの国の軍艦あたりに乗せられていて、荷物同然のように、船底に放り込まれている。そして、行き先は、予定の、ロードルア王国ではない。
それだけの、現状把握で、ナタリーには、充分だった。
ロザリーの怒りはいかほどか。いや、今頃、追っ手を放ってナタリー救出を行っているかもしれない。
が、なんとなく、それも、望みが薄そうだった。
相変わらず、緊張感のない、ヘラヘラしている、カイルを見れば、もう、行方不明ということにされ、自国、フランスからも、見放されてしまっているのではないかと、ナタリーは絶望感に襲われた。
「ここから、出してくれるんでしょ?カイル?」
私達、ハネムーンじゃなかったのかしらと訴えてみるが、やはりの、あーとか、うーとか言って、男は、適当に流そうとしている。
変わって、キャプテンとやらが、ナタリーへ、答えた。
「残念ながら、ここから、外へ出すわけにはいかない。皆に、女が、いる、と、分かってしまうからね。それって、規律違反なんだよ」
「あら、その木偶の坊が、勝手に行ったこと。私は、眠らされていただけで、あー、キャプテン、気分が悪いわぁー」
と、騒いでみるが、
「うん、それは、そうなるだろう。まっ、暫くの辛抱。何せ、記念すべきハネムーンとやらに、刺激が欲しいとか、言われてはね。船底にご招待が、よろしいかと思ってさ」
キャプテンは、顔色一つ変えることなく、あくまでも中立を目指すふりをしていた。
といっても、カイルと、組んでいるのは、バレバレなのだが。そこのところも、なんとも、思ってないのは、今、海上にいる、からなのかもしれない。
つまり、どうあがいても、逃げられないという自信がある、さらに、それなりに、教育された部下がいるということなのだろう。
に、しても……。
「この船、なんなの?なぜ、外国語が、聞こえてくるのよ!」
「あー、それは、下働きは、外国人というね、そう、意外と、キャプテンって、ケチくさくてね、人件費押さえようとかして、安い外国人勢なんか、使っているわけ」
カイルが、わかったような事を追加してくれるが、それなら、そうと、始めから、すんなりと、海路を使うと言えば良いのに、この男は、胡散臭いことばかりして、挙げ句、ハニー、などと、懐いて来るのだろう。
どうあれ、ここにいる男どもは、嘘をついている。
そして、ナタリーが、邪魔なのか、ナタリーへの依頼が邪魔なのか、どちらかなのだ。
「全く、さんざん。この縛られているのも、ほどいては、もらえないと、いうことね?」
へえーと、キャプテンは、驚きつつ、カイルに向かって言った。
「なかなか、度胸あるじゃねぇか。普通、暴れたりするものなのに、カイル、お前の見込み通り、良い嫁さんじゃーないか」
「あー!キャプテン!もしかして、惚れちゃった?!それは、ダメよ。こっちが、先に目をつけてんだし、何しろ、ハネムーン中なんだから」
と、なにやら、言い争っているが、ナタリーには、ただの、じゃれあいにしか写っていない。
あー、バカみたいと、ゲンナリしていると、
「おやおや、その、不機嫌なお顔も、なかなかだねえ。もっとも、俺は、ブロンドが好みなんだが、おしかったなぁ」
などと、唯一、話が通じそうだった、キャプテンまで、カイルとどっこいどっこいの事をのたまわり、しげしげとナタリーを見た。
キャプテンとやらも、格好は、しっかりしているけれど……いや、だから、あえて、とぼけて身元を隠しているのか。カイル共々、見せられない、知られたくない、何かがあるから。
とはいえ。どうやら言葉通り、安全に陸へ上がれる様ではあった。これ以上のことは、されない、そんな雰囲気をナタリーは掴んだ。
もっとも、陸も何も、ここが、本当に海、ならばだが。
まあ、さっきから続いている、不快な揺れは、海である可能性、大だろう。
「あー、キャプテン、相変わらず、分かりやすい趣味なのねぇ。因みに、ハニーは、髪を染めているだけで、元は、ブロンドだからって、あれ、そんなこと言ったら、キャプテンに、惚れられちゃうー」
「人のモノには手はださねぇーよ」
カイルよ、そんな、余計なこと、どこで仕入れてきた。そして、どうして、今、ペラペラ喋る。
「まっ、御希望とあらば、黒でも、赤でも、変えてみせますよ」
ナタリーも、半ばやけになって、男達に合わせた。
と──。
何か、外国語が聞こえる。まだ、少し朦朧としている頭と、揺れの為に、何語か、ナタリーには分からなかったが、キャプテンは、立ち上がると、外である甲板だろう場所へ向かって、一言二言、叫び、指示をだしている。
「そろそろ、港だ。せっかく、お知り合いに、なれたのに、もう、お別れか、残念だねぇ」
言って、さっさと、階段をのぼり、キャプテンは、姿を消した。
寄港の準備に入るということだろう。
外は、慌ただしくなっている。
「で、私は、下ろしてもらえる訳けね?ロープで、縛られたまま?」
ナタリーは、挑発的にカイルへ言った。
「あー、もう、ご機嫌を直してよー」
「直すもなにも、一体全体、私に、何を望んでいるわけ?!」
「うーん、何をって、いうか、熱々の、ハネムーンしかないんだけど、お宅の、お針子ちゃんが、なんだか、とろくさくってねぇ、依頼なんて言いながら、ナタリー、君の安全は、確保されていない。なら、俺が、側にいないと、ダメでしょ?」
言って、カイルは、お約束の、ウィンクをお見舞いしてくれた。
「残念ながら、お針子ちゃん達、あの、カイゼル髭を、逃しちゃったのよ」
──カイゼル髭?!
確か、ロザリーが、見張っていたというか、捕まえる為に、張っていたというかの、二重スパイとやらの男?!
なぜ、今。どうして、今さら。
「だから、どうしようかなぁーと、思っちゃって。ナタリー、君を、あのまま、依頼とやらに行かせると、こんな事では収まらない」
そうだった。カイゼル髭は、ナタリーを、消そうとしたのだ。目の前にいる、男を使って……。
「……ああ、なんてこと」
全貌と言って良いのか、起こっている事が見えてきて、やはり、カイルという男が、邪魔に思えるナタリーだった。