TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

翌日、瑠璃子は高校一年生の西村翔太の病室にいた。

翔太のテーブルにある朝食のトレーには食事が半分以上残った皿が置いてある。相変わらず食欲がないようだ。


翔太は若年層には珍しい急性大動脈解離という病気で入院し3日後に手術を控えていた。

この病気は放置すると突然死をもたらすという恐ろしい病気だった。

翔太は入院時からおとなしい青年で、看護師ともあまり話をしないと看護日誌に書かれていたので瑠璃子は気になっていた。


「翔太君おはよう。食欲あまりないみたいね。このメニューは好きじゃなかったかな?」


瑠璃子はさらりと明るい声で聞いた。

すると翔太が答える。


「僕、朝はご飯よりもパンの方が好きなんです」


その声は消え入りそうな小さな声だった。


「じゃあ売店でパンを買ってきてあげましょうか? ここの売店にはねぇ、すごく美味しいクリームパンがあるのよ」


瑠璃子の言葉に翔太は目をキラキラと輝かせた。


「僕、売店に行ってみたいな」

「じゃあ一緒に行く?」


翔太がうんと頷いたので瑠璃子は翔太を車椅子に乗せ1階の売店へ向かった。

売店に入ると翔太は嬉しそうにパンを2つ選びコーヒー牛乳も一緒に買う。

そして病室へ戻ると美味しそうにパンを食べ始めた。

その横で瑠璃子が言った。


「食べたい物があったらお母さんに頼んだらいいのに。手術の前日までは好きな物を食べていいのよ」

「……お母さん、本当のお母さんじゃないから言い辛くて」


翔太はまた消え入りそうな声で言った。


瑠璃子は入院時に記入してもらう家族構成図を見て翔太の家庭環境については把握していた。

もちろん翔太の母親が父親の再婚相手である事も聞いている。

そこで瑠璃子は言った。


「私もね、父親が本当のお父さんじゃないのよ。母が再婚した相手なの」


瑠璃子はわざとあっけらかんと言った。

すると翔太が興味を示す。


「え? そうなの?」

「ええ。私が高校3年生の時に知らない人がいきなりお父さんになったのよ」


瑠璃子は当時を思い出して笑いながら言った。


「嫌じゃなかった?」

「そうねぇ、最初はちょっと嫌だったかも。だって気を遣うんだもん」

「で、今は?」

「今はそうでもないかな。優しくていい人だから」


翔太はじっと瑠璃子の話に聞き入っている。パンの事をすっかり忘れて手が止まっている。


「翔太君のお母さんってすごく優しそうな人だよね、翔太君の事をすごく心配しているみたいだし。それに毎日お見舞いに来ているでしょう?」

「うん、優しいよ。でもね、優しい人だから僕の事で迷惑をかけたら可哀想かなと思って…」


そこで翔太は思い出したようにまたパンを一口食べた。


どうやら翔太は優し過ぎる性格の子のようだ。

母親が実の母ではないので迷惑をかけないようにと気を遣いすぎるあまり本音が言えないのだろう。

そんな優しい翔太を見て瑠璃子は切なくなる。


「なるほどね。でもさぁ、きっと翔太君のお母さんはお父さんの事が好きだからお父さんの子供である翔太君の事も同じように大好きだと思うよ。少なくとも私にはそう見えるし。じゃないと毎日来ないでしょう? だから翔太君が甘えても大丈夫だと思うけどなぁ。むしろもっと甘えて欲しいと思っているかも?」


瑠璃子はあえてさらっと言ってから翔太の血圧を測り始める。


「そうなのかな?」

「うん、絶対そうだよ。もし私が翔太君のお母さんだったら食べたい物を言ってくれた方が嬉しいもん。だってこれから手術を受けるのに食欲がない息子を見たら心配でしょう? それだったら食べたいものを言って甘えてくれた方が嬉しいし安心すると思うな」


すると翔太は少し考えてから言った。


「そうなのかな? だったら今日お母さんが来たら言ってみようかな」

「そうそう遠慮なんてしないの。遠慮なんて大人がするものよ。翔太君はまだ子供でしょう?」


そこで二人の笑い声が響く。


その時廊下にいた大輔が二人の会話を聞いていた。

大輔はたまたま瑠璃子と翔太が売店へ向かうのを見ていた。そしてその後どうなったか気になり様子を見に来た。

大輔も主治医として翔太の食欲不振をかなり心配している。


そして今病室を覗いたら翔太は美味しそうにパンをもぐもぐと食べていたので大輔はホッとした。

この分なら今日母親が来たら翔太は食べたい物を母親にリクエストするだろう。


大輔は瑠璃子の心配りに感謝した。



その日の面会時間、病棟にはいつものように一番乗りで翔太の母親がやって来た。

翔太の母親は洗って来た洗濯物を棚にしまい甲斐甲斐しく義理の息子の世話をしている。翔太が退屈しないようにと本や漫画も持ってきていた。

そんな母親に対し翔太が勇気を出して話しかける。


「あ、あのね、お母さん」


相変わらず消え入りそうな声だったが母親はしっかりと聞いていた。


「翔太君なあに?」


とても優しい声だ。


「うん、あのね、僕、お母さんのグラタンが食べたいんだ」


翔太は精一杯の勇気を振り絞り入院して初めて母親に要望を伝える。

翔太の母親は一瞬驚いた顔をしていたが、次の瞬間笑顔で答えた。


「じゃあ明日作って持って来るわね。他に食べたい物はないの? ほら、あなたハンバーグも好きだったでしょう?」

「うん、ハンバーグも食べたいな」

「わかったわ、じゃあ明日両方作って持って来るからね。おやつ食べ過ぎないようにして待っててね」

「うん、ありがとう、お母さん」


翔太は少し照れたように笑った。


その後翔太の母親が廊下に出て来た。母親は廊下の隅まで行くとハンカチで目を拭っている。

先ほどの親子の会話を聞いていた瑠璃子は母親の姿を見て思わず胸がいっぱいになる。そしてつい涙腺が緩み涙が溢れてきた。

瑠璃子は傍にいる同僚達に気付かれないよう慌てて涙を拭う。


ナースステーションにいた大輔はそんな瑠璃子の様子を温かい眼差しで見守っていた。

loading

この作品はいかがでしたか?

710

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚