藤野花純・25歳。
花純は小さな頃から植物が大好きな子供だった。
その植物好きが高じて、国立大学の園芸学部を卒業した後、
都内にある『株式会社青山花壇』へ就職した。
『株式会社青山花壇』は、フローリスト経営やブライダル事業、
フローラルギフト通販や造園業までを手掛ける花卉小売業の大手。
全国のターミナル駅や都内のお洒落な街には、
青山花壇が経営するフローリストが必ずといっていいほどある。
花純は入社以来ずっと『株式会社青山花壇』本社の庭園デザイン設計部に
所属していたが、先月突然出向を言い渡された。
異動先は、青山花壇のフローリスト・虎ノ門店。
本社勤務から外部のフローリストへ異動というのは極めて稀で、
入社してまだ間もない女性社員の出向など、前代未聞だった。
だから、今回の異動ついては社内で色々と噂されていた。
もちろん、この異動に一番驚いたのは花純だ。
花純は大学で、景観工学に基づいたガーデンデザインを学んできた。
その知識を元にこの会社で経験を積み、将来はガーデンデザイナーになる事を夢見ていた。
だから入社後の配属先が庭園デザイン設計部に決まった時は、飛び上がるほど嬉しかった。
せっかく与えられたチャンスだからと、それからの三年間花純は真面目に働いてきた。
そして少しずつ知識と経験を身につけてきたところへ、この出向の話が来た。
入社後から花純の事を可愛がってくれている課長の穂積も、かなり驚いていた。
入社以来三年間大事に育ててきた可愛い部下が、突然フローリストへ出向させられるというのだ。
穂積は納得がいかない。
なぜうちの部の花純じゃないと駄目なのかと上層部に問い合わせたところ、
『フローリストに欠員が出たから』
という型通りの返事しか返ってこなかった。
そこで課長の穂積は花純に言った。
「必ず私が本社に戻してやるから、申し訳ないが今は我慢して会社の指示に従って貰えないか?」
穂積は心から申し訳なさそうに言う。
今まで良くしてくれた上司が深く頭を下げて言っているのだ。
花純はもう受け入れるしかなかった。
前向きに考えれば、フローリストでの仕事は、毎日植物と直に触れ合う事が出来る。
それに、店舗業務から学べる事もきっと何かあるはず。
花純はそう考えて、新しい職場で頑張る決意をした。
そしていよいよ今日、異動先への初出勤の日だった。
花純は電車を降りてホームに降り立つと、一度深呼吸をしてから歩き始める。
そしてフローリストが入っている高層ビルを目指した。
花純の今日の服装は、黒のストレッチパンツに白のブラウスを着ている。
生花店での仕事は力仕事も多い。
学生時代、生花店でアルバイトの経験がある花純は大体の仕事内容を把握していたので、
動きやすい服装で来た。
青山花壇・直営店でのスタッフの服装は、数年前からジーンズでもOKになった。
しかし今日は初日なので、花純はあえてジーンズを避けた。
花純はブラウンの長いストレートヘアを後ろで一つにまとめ、靴もヒールのないものを選び、
とにかくすぐにでも動けるようにと気合いを入れてきた。
フローリストが入っているビルには、すぐに着いた。
パリッとスーツを着こなした爽やかな会社員達が、次々と目の前のビルに吸い込まれていく。
花純はその集団から少し離れた位置で立ち止まると、ビルを仰ぎ見る。
(なんて立派なビルなの…それにまだ新しいわ…)
その時花純は、ビルの中層階にバルコニーのように突き出した部分を見つけた。
手すりの向こうには青々とした新緑が見える。
どうやらそこには樹木が植えられているようだ。
(空中庭園があるのかな?)
途端に花純の気持ちが華やぐ。
(誰でも入れるのかな? もし入れるなら今度見に行ってみよう)
花純はニッコリ微笑むと、漸くビルの中へ足を踏み入れた。
エントランスへ入った途端、
(うわぁ……素敵!)
そこはオフィスビルなのに、まるで洗練されたホテルのような造りだ。
オフィスビルのエントランスは、なんとなく薄暗いというイメージだが、
このビルは、大きなガラス窓から太陽光をふんだんに取り入れておりとても明るく感じらる。
床もホワイトの大理石なので一層明るい。
そして、天井は吹き抜けになっているので更に解放感に溢れている。
上を見上げていた花純は視線を下に戻すと、今度は一階部分を観察し始めた。
入口を入って右手には、花純が今日から勤務するフローリスト、
そしてその隣りにはおしゃれなカフェがある。
カフェはもう既に営業を開始しているようだ。
入口を入って左側には、まだシャッターが閉まっているがいくつかの店が並んでいるようだ。
一番端の店舗からは、美味しそうなパンの香りが漂っていた。
(パン屋さんもあるのね…)
パン好きの花純は思わずニッコリする。
まだビルのエントランスに入っただけなのに、なんだかここで働く事が楽しみになってきた。
店舗が入っているビルの大体の雰囲気をチェックし終えた花純は、
少し緊張した面持ちでフローリストの通用口をノックすると、
「失礼します」
と声をかけ、意を決して中へ入って行った。
コメント
2件
突然の出向、ウラがありそう…花純ちゃん初出勤‼️凄くポジティブに捉えてて輝いてお仕事しそう💐
突然の出向⁉️左遷⁉️ それでもオフィスビル内のおしゃれなフローリストで、見上げれば空中庭園とおしゃれなカフェ☕️これは〜少し前向きに仕事できそう🥹🌷