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第三章 触れられない背中
何で思い通りに行かないんだろう。怒らせるつもりなんてないのに、蓮と居ると〝行かないで〟って言っちゃいそうで、触れられたら、また離れ離れになる時が苦しくなるから。
それが怖くて、なるべく蓮に近付かないようにしていただけなのに……
蓮は何も言わず、一人でお風呂に向かった。ふかふかのバスタオルを脱衣所に置いた。
一枚隔てたガラス戸の向こうに蓮がいるのに、触れられない俺は、湯気の立ち込める曇ったガラス戸にそっと手を添えた。
「バスタオル、置いておくね……」
いきなり開いた扉に、微動だにできずに、腕を掴まれ中に引きずり込まれると、乱暴に洗い場に放られて、冷たい床に膝を打ちつけた。シャワーのお湯が掛かり、ずぶ濡れになる。
「れっれん」
「いい加減にしなよ?翔太だけが寂しかったんじゃないだろ」
「……ごめんなさい」
「謝って欲しい訳じゃないんだ!翔太ちゃんと俺を見てここに居る俺を見てよ」
触らないでよ、そんな目で俺を見ないでよ……
「怖い」
濡れた体そのままに、自室へ閉じ籠ると鍵を掛けた。
寒かった。
濡れてるからね……
息苦しかった。
急に驚いたよね……
怖かった。
一人で耐えられるか不安なんだよね……
ふふっ…… いつしか身に付けた能力かな?言い訳するのが上手くなった気がする。
言えない弱音は全部俺の中に閉じ込めた。知らない土地で頑張っている蓮に、俺のくだらない悩みは、重荷でしかない。
そっと目を閉じる。いつもみたいにベッドと壁の隙間に収まり、毛布に包まって、ひと月ぶりに空港で見た、あの笑顔を思い出しながら、いつの間にか眠っていた。
蓮 side
無理矢理でも扉を開ける事は出来ただろう。
でもそれをしないのは、翔太が望んでいないからだ。彼なりに葛藤がある事は見て取れる。それを理解出来ない俺に問題があるだろう。
時間さえあれば、もっと彼に優しく出来ただろう。重い身体をベッドに沈め、三時間程眠って目覚めると、もう既に太陽は真上の位置まで上昇していた。
彼の部屋の扉を叩いた。返事はなく、リビングのテーブルには不恰好なおにぎりが2個並んでいた。〝冷蔵庫にお味噌汁もあるよ〟書き置きの文字を指でなぞった。
翔太も殆ど寝ていないだろうに、料理なんてまるでしなかった彼が、俺の為に頑張って握ったおにぎりが愛おしくて、思わず写メを撮った。
冷蔵庫を開け、お味噌汁を出すと今朝方言っていたパスタが気になって探すけど、どこにも無かった。
几帳面な翔太は洗い物も全て終えて、パスタが入っていたお皿が綺麗に洗われていた。
気になって覗いた。
パスタが、無惨にゴミ箱に捨てられていた。どんな顔して、どんな想いで、これを捨てたんだよ……
通知音が鳴りスマホを見ると〝ちょっとお買い物〟とだけメッセージが届いた。
「俺もうすぐ出発なんだけど……」
次、いつ戻って来られるかなんて分からないのに。居たたまれない気持ちと、悶々とした想いが、翔太との距離をますます遠ざけていく気がして、紛らわせようと淹れたコーヒーの薫りに、翔太の笑顔が過ぎった。
味噌汁を啜り、おにぎりを頬張ると、彼の愛を感じて自然と涙が溢れた。〝頑張ってこいよ〟って背中を押された気がした。
「ただいま!」
数時間前の出来事が嘘のように明るい笑顔で帰ってきた翔太は、手にいっぱい荷物を抱えていた。
空っぽのお皿を見て満面の笑みで笑った翔太は、いつも通り愛くるしく可愛かった。
「これ全部持っていけよな!きっと味噌汁とかご飯とか恋しくなるだろ?あと、温泉の素とか色々買ってきたよ!疲れたらやっぱ湯船には浸からないとな!それと……」
気付いたら翔太を抱き締めてた。平気なフリして平気じゃない。触れたいのに触れてほしくない。分かってるよ翔太……
「やめて触らないでったら!」
分かってるのに分からない。君の頑固さにはもう懲り懲りだよ。一人で悩んで拗らせて、君の困り事にはいつだって、俺の感情が抜け落ちている。
「言ったよね?自分だけが辛いんじゃないんだよ?こんな顔させるなら、帰って来ない方が良かったみたいだね」
自分でも酷い事を言っている自覚はある。その言葉を言われて、翔太が傷つくことも知っている。それでも言いたいんだ。彼に強くなってもらいたい。これから先、会えない日が続こうとも、二人とも、絶えて頑張らなきゃならないのだから。
「俺は行けない……一人でなんて行けない。でも蓮は行けるんだね?俺を置いて一人でどこへだって行けるんだ」
ハッとして、お互い同じ顔をしたって、もう遅いんだ。
言った言葉は無かったことには出来ないし、傷付けたのはお互い様だから。
夕焼けに赤く染まるリビング……夕陽が綺麗に見えるのは、まだ、心がちゃんとそこにあるから。
スマホのアラーム音が無情に帰国の音を告げる。帰る場所がココじゃないなんて変だね翔太。
キャリーケースを閉める音がやけに大きくリビングに響いた。〝じゃあまた〟そう言って翔太の部屋に背を向けると〝身体に気をつけ〟とやっと絞り出した愛しい人の声は震えていた。
ガラガラと音を立てて、マンションを後にする俺の背中に、翔太の声がした気がして振り向いたけど、そこには誰も居なかった……
コメント
6件
私を泣かせるのは、花凛さんの作品だけなんだよなぁ、、、