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食事、風呂、くつろぎの時間を経て、とうとう睡眠を取るべき時間が訪れた。二日くらい余裕で徹夜も出来るが、『彼女の隣で寝る』という行為への渇望が胸を占めている。私がカーネの傍に居るからララも好き勝手にしていて今は建物内から離れているし、今は完全に二人きりだ。
そう、二人きりなのだ。
薄緑色をしたワンピーススタイルのシンプルな寝着姿で、寝室のベッドの端に脚を揃えてちょこんと腰掛け、カーネがこちらを見上げている。
「今日も一日お疲れ様でした」
「そちらこそ、お疲れ様でした」
照れを隠すみたいに腕に白猫の大きな抱き枕をぎゅっと抱き、カーネが私に軽くお辞儀をしてくれた。その姿が可愛くってどうにかなってしまいそうだ。
「どうでしたか?実際に一日フルで働いてみて。大変な点や改善して欲しい契約箇所などがあれば遠慮なくおっしゃって下さい」
顔色一つ変えない様に気を付けながら、彼女の隣に座る。ギシッと鳴ったベッドの軋む音が卑猥な妄想を連想させ、耳の奥で妙に響く。
「そうですね、二度の休憩時間とお昼休みも頂けたので、体力のあまり無い身としては正直とてもありがたかったです。ですが、その……休み過ぎでは?ともちょっと思ったりもしました」
「なるほど」と返し、ひとまず頷く。実際問題、他の配下の者達と比べると確かに休み過ぎではある。だが、そもそもカーネには働かせずに傍でずっと囲っていたいくらいなのでコレが自分の中では妥協ラインだったのだが、それでも不満なのか。
「では、もう少し慣れてきたら休憩時間を短くしてみますか?体力の心配もあるでしょうから、増えた勤務時間で僕の事務仕事の手伝いをやってみるとかはどうでしょうか?」
「……それは、私にでも出来るんでしょうか?」
抱き枕を掴む手に力が入っている。不安なのか瞳を揺らしてもいた。
「大丈夫ですよ。最初は本棚の整理整頓から始めてといった具合に、少しづつ色々と慣れていけばいいので」
「……それなら、何とか」とカーネがほっと息を吐いた。『別に不安がらずとも貴女ならすぐに慣れますよ』と言いたい所だが、“まだ会って数日の相手”という事になっている“僕”が言っても説得力は無いだろう。
「決まりですね。休憩時間の短縮時期は、体力と相談しつつゆっくり合わせていきましょう」
「本当に色々ありがとうございます」と言い、カーネが深ぶかと頭を下げる。腕の中の抱き枕がぐしゃっとなって、ちょっと面白い形になった。
「じゃあそろそろ休みますか。流石に疲れたでしょう?」
「そうしますか」
揃って伊達眼鏡を外し、両サイドにある小さなテーブルの上に置いた。ベッドの中央部に置かれた黒猫の抱き枕の隣に白い抱き枕を戻し、カーネが予定通りそれをバリケード代わりにする。ロロとララが真ん中で寝ているものと思っておこうと決め、私は枕に頭を預けた。
「もう灯りを消しても大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」
カーネの言葉を合図にして部屋の灯りが一斉に消える。カーテンのおかげで月明かりも無く、部屋の中は真っ暗になった。
「——……シスさん。もう、寝ましたか?」
横になってから少し経ち、とても小さな声でカーネが私の偽名を呼んだ。
「いいえ、まだ起きていますよ」
ちょっとの間の後、戸惑いがちにカーネが口を開いた。
「……あの、色々と、本当にありがとうございます。あの時シスさんが声を掛けてくれていなかったら、今頃まだ、宿屋で途方に暮れていたと思います」
私達がカーネを放置するなどあり得ないのでその可能性は皆無なのだが、ここは話を合わせておこう。
「こちらこそですよ。まだ初日ではありましたが、とても助かりました」
「そうですか、なら良かったです。でもすみません、眠りの邪魔をしてしまって。だけど今のうちに伝えておきたいなと、どうしても思ってしまって」
申し訳なさそうに、慌てならがカーネが言う。
「お気になさらず。すぐに寝入るタイプでもないので」
「じゃあ、えっと、改めて、……おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい、カーネ。——良い夢を」
そう告げて瞼を閉じる。
しばらくすると微かに嗚咽が聞こえてきたが、私は聞こえていないフリをした。家族から冷遇されてきたから、『おやすみなさい』なんて今まで一度も言われた事の無い言葉だったのだろうと想像がつく。本心としては手をぎゅっと繋ぎ、強く抱き締めてしまいたいくらいなのだが、三日目で詰めていい距離じゃ無い。今はただ、近くで寄り添っているだけの方が得策だろう。
——真っ暗な部屋の中にカーネの呼吸音だけが微かに聞こえる。掃除は慣れた作業であるとはいえ、体力の無い体での作業は本当に大変だったろう。人目を気にせず、きちんと栄養を得た状態であり、自分のペースで動けたとしても。だからか、異性である私が隣に寝ているというのに寝入るのがとても早かった。微かな嗚咽が止み、それからは五分もかからずに寝息が聞こえ始めた程だ。
対して私の方はといえば、先程からずっと下腹部が勃ち過ぎて痛い。
「……くっ」
いっそ弄りたいくらいなのだが、愛しい人が眠っている隣でとか、興奮し過ぎて朝までぶっとうしになってしまいそうだ。んなアホな真似をすると動きと臭いでバレそうなので今はひたすら我慢するしかないのが残念だ。
(……だが、少し触れるくらいなら良いのでは?)
ようはバレなければいいだけの話じゃないか、と邪な考えが、言い訳や理由を探す。最悪起きれば記憶を書き換えればいいからか、やり過ごそうという決心は簡単に薄れていった。
「カーネ……」
小さな声で、彼女が選んだその名前を口にし、腰の辺りに跨って両手を顔の横についた。仰向けで眠る顔を正面から見下ろしていると、ずっと高鳴りっぱなしな胸が一層煩く騒ぎ出す。
穏やかな寝顔に顔を近づけ、お互いの鼻を擦り合わせると優しい匂いが心を満たしてくれる。十五年間、会わずにじっと耐え続けた甲斐があったと痛感もした。
感情が昂ってきて、カーネの肌を軽く噛む。鼻から始まり、頬や耳、細い首を甘噛みしたが……反応が返ってくるわけじゃないからか、すぐに虚しくなってきた。深く深く眠らせて、深層部にまで触れてしまっても良いのでは?と思っていた気持ちが段々と消えていく。嬉しそうに私を抱き締め、縋り付き、必死に深く求めてくれた“カルム”の姿が脳裏に浮かび、物足りなさの方が勝り始めたのだ。
「……早く、“僕”を好きになって下さいね」
そんな願望が暗闇の中で虚しく響く。どうすればもっと手短に好意を引き出せるだろうか?と考えながら、私は再びベッドに寝転び、瞼を閉じた。