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俺は苦笑いを浮かべた。
自分では全く意識していないことだったから。
それに健司に関して言えば俺は振っている側だし。
俺の頭の中では、モテるという感覚と、今の自分の状況が全く結びつかない。
フェロモンブロッカー依存症になってから、自分の魅力なんてものは
とっくに失われているとばかり思っていたのだ。
すると、瑞希くんは真面目な顔で口を開いた。
「でもその色川と番になったら絶対バラ色の人生じゃん?財も地位も十分にあるし、発情期も辛くなくなるだろうし」
「なにより、利用できるものは利用した方が得だと思うけど?」
瑞希くんの言葉は、俺にとってあまりにも現実的で、そして重かった。
「り、利用?」
「ま、これは俺の考えだから気にしないで」
確かに、朔久と番になれば、発情期のつらさから解放されるのは事実だ。
財も地位も申し分ない。
それは、俺がこれまで漠然と抱いていた「番」への理想と、ある意味では合致している。
「う、うん…」
頭では理解できる
理性的に考えれば、瑞希くんの言う通り
朔久と番になることは俺にとって多くのメリットがあるのだろう。
しかし、それでも朔久と番になりたいとは思えない。
その感情が、どこから来るのか、自分でも明確には説明できなかった。
ただ、心の奥底で何かが抵抗しているような
そんな感覚があった。
「朔久と番になるとかは、考えてないんです」
俺は、ボソッと呟くように言った。
その声は、アンバーラウンジの喧騒に吸い込まれてしまいそうなほど小さかったが
目の前の三人はしっかりと聞き取ってくれたようだった。
将暉さんは「どして?」と心配そうに俺の顔を見て
仁さんと瑞希くんは
少し驚いたような表情を浮かべていたが
その視線は俺に固定されている。
俺は、一度言葉にしてしまえば
堰を切ったように、心の奥にしまっていた本音を話し始めた。
「付き合ってたのに、なにも言わずにスペイン行って、色々事情があったのは分かるけど……そんなの…っ、また俺の前から消えるんだろうなって思っちゃうし、番は慎重に決めたいんです」
俺は軽く笑いながら語った。
あの時の傷が、どれほど深く俺の中に刻まれているか。
朔久が突然俺の前から姿を消したあの日の記憶が、今でも鮮明に蘇る。
親の事情だったと分かっていても
何の連絡もなく、ただ一方的に別れを告げられたような形になったことは俺にとってあまりにも衝撃的だった。
だからこそ「番」という
一生を共にするような関係を、軽々しく決めることなどできなかった。
「番って、一度なったら、そう簡単に解消できるものじゃないし、それに、俺、今、自分の感情がよく分からない状態で……そんな状態で、朔久の言う『好き』に応えられる自信がないのかも」
俺は途中からなにを言ってるのか分からなくなり、言葉を詰まらせた。
すると、仁さんが口を開いた。
「慎重になるの、正しいと思うよ。番ってのは、勢いで選ぶもんじゃない」
「仁さん…っ」
「一度消えたやつを、もう一度信じるってのも、簡単なことじゃないからな」
「…そう言って貰えると、少し楽になります…っ」
喉の奥がキュッと締め付けられるような感覚に襲われ
俺は誤魔化すように、空になったグラスを掲げてお代わりを頼んだ。
◆◇◆◇
それから4人でバーのテーブル席で飲み食いすること数十分後
賑やかだったアンバーラウンジの喧騒も、いつの間にか心地よいBGMに変わっていた。
グラスの氷が溶ける音
隣の席から聞こえる話し声
そして時折響く笑い声
そんな中で、仁さんは徐々にその寡黙な殻を破り始めていた。
普段はあまり感情を表に出さない彼が
琥珀色の液体を口にするたびに、その表情が少しずつ緩んでいくのが見て取れる。
やがて、仁さんはテーブルに突っ伏すようにして
完全に潰れてしまった。
その姿は、まるで大きな猫が日向ぼっこをしているかのようだ。
将暉さんが、そんなさんの肩を軽く揺らしながら、からかうような声で問いかけた。
「じんー、生きてるー?」
仁さんの口から、もはや意識があるのか疑わしいほどの、か細い声が漏れる。
「明日からまた忙しいし死ぬ」
その言葉に、将暉さんは吹き出すように笑い出した。
「こりゃ完全に酔ってるわ」
将暉さんの笑い声につられて、瑞希くんも悪ノリで仁さんに話しかけ始めた。
瑞希くんの目は、まるで面白いおもちゃを見つけた子供のようにキラキラと輝いている。
「犬飼って最近なにしてんのー」
仁さんは、顔をテーブルに埋めたまま、ぼそぼそと答える。
「労働と禁煙」
瑞希くんは、その返答にさらに興味をそそられたようだ。
「へぇ…最近のマイブームってなんかあんの?」
「…花」
仁さんの意外な答えに、瑞希くんは思わず声を上げて笑った。
「うわまじで全部答えるじゃん」
俺は、そんな二人のやり取りを微笑ましく眺めていた。
普段の仁さんからは想像もつかないような酔った姿
それはそれで、なんだか新鮮で
少しだけ親近感が湧く。
将暉さんは、瑞希くんの悪ノリを笑いながら止めようとしていたが
ふと何かを思いついたように呟いた。
「あっでもそれなら今がチャンスか」
将暉さんの目が、一瞬、悪戯っぽく光ったように見えた。
俺は、その呟きが何を意味するのか、すぐに理解できなかった。
将暉さんは、そのままにさんの耳元に顔を近づけ、囁くように問いかけた。
「じんってさー、好きなりいたよね?」
仁さんは、将暉さんの問いに眠そうにコクコクと頷いた。
その仕草は、まるで子供のようだ。
将暉さんは、さらに声を潜めて、核心に迫るような質問を投げかけた。
「話変わるけど、楓くんのことど一思ってる??」
その瞬間、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
(なんで急に俺のことを…?)とも思ったが
普段、仁さんは感情をあまり表に出さない寡黙な人だ。
そんな彼が、俺のことをどう思っているのか。
その答えが、ひどく気になった。
完全な好奇心だろう。
瑞希くんも、将暉さんの問いかけに
「おぉ!いいじゃん」と乗り気な声を上げ
ワクワクした表情で仁さんの返事を待っている。
アンバーラウンジのBGMが、一瞬遠くなったように感じた。
俺の耳は、仁さんの次の言葉を拾おうと必死に音の粒を追う。
すると、仁さんは、テーブルに突っ伏したまま
ゆっくりと顔を上げた。
その目は、まだ焦点が定まっていないようだったが、その口から紡ぎ出された言葉は
まるで寝言のように呟かれた。
「…………可愛い、明るい、保護対象、あわよくば…抱きたい」
その言葉が、俺の耳に届いた瞬間
時間が止まったかのような錯覚に陥った。
一方の瑞希くんは一緒に驚いているかと思えば
「酔ってる犬飼おもろ」
なんて、くすくすと笑っている。
将暉さんはというと、さらに面白がるようにニヤリと笑い、言葉を続けた。
「じんの好きなΩってさ…楓くんだもんね~?」
その言葉に仁さんはまたコクっと頷いた。
「へ?お、俺……?」
俺は思わずキョトンとしてしまった。
「は?マジで言ってんの?初耳なんだけど…!」
身を乗り出して食いつく瑞希くんと動揺を隠せないで固まっている俺に
将暉さんは得意げな顔で
「そりゃにじんに口止めされてたからねー」
なんて暴露してきて。
俺は心の中で何度も自問し、徐々に顔が熱くなっていくのを感じる。
すると、そんな俺の様子を見た瑞希くんは、さらに追い討ちをかけるように
「ぶっちゃけどこが好きなわけ??」
と興味津々な様子で質問を投げかけた。
すると仁さんは、しばらく考え込んでから
「笑ったとき、あと…花ラッピングしてるときの真剣な顔とか、自分も辛いはずなのに真っ先に他人の心配するとことか……?あー…あと、意外と力あるとことか…っ」
なんて恥ずかしげもなく言ってきて
酔っているせいなのか、どこか嬉しそうな表情まで浮かべている。
仁さんの言葉に、俺はまた顔が熱くなるのを感じた。
こんなところを誰かに見られていたらと思うと恥ずかしくてたまらないが
店内は賑やかな声で賑わっていて、俺たちの会話など誰も気に留めていないようだ。
俺が一人でわたわたしていると
瑞希くんは「うーわガチじゃん」と大袈裟にリアクションして面白がっているようだし
将暉さんは、そんな俺たちのやり取りをニヤニヤしながら眺めていたかと思うと
突然立ち上がり
「じゃ!瑞希、俺らはそろそろお暇しよっか」
と言って帰り支度を始めた。
「そーしよそーしよ、これ以上聞いてたら逆になんか腹立ちそうだし」
「えっ!仁さんはどうしたら……」
「あんた家隣でしょ?送って行ってあげればいいじゃん」
「えっ!い、今この状況で…??」
戸惑う俺に、将暉さんは申し訳なさげに苦笑いしながら口の前で両手を合わせて
「悪いけどお願いねっ」と言って