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「どうする?」
困ったように榎先輩が口にして、
「どうしましょう?」
楸先輩は眉間にしわを寄せた。
そこにいるのは数日前に夢で出会った落ち着いた感じの楸先輩で、先ほどまで怒り叫び続けていた、影をまとった姿とは全く異なっていた。
雰囲気もまるで別人で、すっかり憑き物が(実際、影がとり付いていたような感じだったのだけれど)落ちたような感じだった。
その隣には寄り添うようにシモハライ先輩が立っており、
「どうしようか?」
と大きなため息を一つ吐いた。
どうしようと口にするくせにあまり焦っているようには見えなくて、わたしはひとり、辺りをきょろきょろ見回しながら、
「ど、どうするんですか? 真っ暗になっちゃいましたよ! 出られるんですか? ここから出て、目覚められるんですか?」
押し寄せてくる不安の波に飲み込まれまいと、ぎゅっと体を縮こまらせて力むことしかできなかった。
そんなわたしに、榎先輩は、
「落ち着きなよ、アオイ。そんなに不安になってたら、いい考えも浮かんでこないよ」
「そ、そんなこと言われたって!」
「とは言え、こんな真っ暗だと、どうして良いか判らないね」
言いながら、シモハライ先輩は楸先輩に顔を向ける。
楸先輩は少し考えてから、
「……何か方法はあるはずですよ。この世界も、所詮は馬屋原先生が夢の世界に作り上げた鳥かごでしかないはずです。必ずどこかにほころびがあると思います」
「な、なんでそう言い切れるんですか!」
訊ねると、楸先輩はにっと口元に笑みを浮かべながら、
「――だって、魔法使いはテキトーですから」
「はい?」
思わず首を傾げるわたしに、楸先輩は続けて、
「魔法使いはもともと根がテキトーなんです。鐘撞さんも心当たりありませんか? 身の回りにいる魔法使いって、結構いい加減な人、多くないですか?」
そ、そんなこと言われたって。さっきもシモハライ先輩が同じようなことを言っていたけれど……
「う、うちのおばあちゃんもお母さんも、魔法使いのことは簡単に信じちゃいけないって言って、あんまり知り合いの魔法使いがいないからわかりません……」
「なるほどなるほど」
楸先輩はこくこく頷き、
「それ、つまりそういうことですね」
「そういうことって、どういうことですか?」
「魔法使いの根はテキトーなんです。会う約束をすれば遅刻するし、難しい魔法を作ろうとすると気力が続かずだらけちゃう。寝坊夜更かし当たり前、気持ちの赴くままに行動しちゃうから、すぐに自分の目的を忘れてしまう。そういう人たちばっかりだから、一部の真面目な魔法使いたちって、少なくとも自分は信用できると判断できる人たちとしか絶対に付き合わなかったりするんですよ。たぶん、鐘撞さんのおうちではそうなんでしょうね」
「――はぁ?」
なんだか納得できるようなできないような説明に、わたしはどう答えればよいのか解らなかった。
『魔法使いや魔女を、簡単に信じちゃいけないよ』
そのおばあちゃんやおかあさんの言葉って、そういうことだったの?
本当に? ただそれだけだったの?
わたしは榎先輩と楸先輩を見比べて、次いでアリスさんの顔を思い浮かべる。
アリスさんはともかく、榎先輩と楸先輩はここまでの付き合いで、確かに適当でいい加減なところがあったような気がする。
でも、だからって、本当に? そんなことがヒントになるの?
「そんなことより、どこに綻びがあるか、だね」
榎先輩があたりを見回しながら口にして、
「そうですね。どこかにぺりっとめくれる壁紙の端みたいのがあれば解りやすいんですけど」
とシモハライ先輩もきょろきょろと綻びを探し始めた。
「あっははは! 良いですね、それ。お遊戯会の舞台ってわけですね、ここ」
途端に笑い始める楸先輩。
「あぁ、ぽいね」
と榎先輩は何度も小さく頷きながら、
「だってここに来るまでの間、関係ないところの造りが妙に雑だったもんね」
「でしょう?」
シモハライ先輩はにやりと笑い、
「たぶん、馬屋原先生もそんな完璧にこの世界を構築なんてしてないはずですよ」
「そうです、そうです!」
だって、と楸先輩が口にすると。
「「「魔法使いはテキトーだから」」」
三人は口をそろえてそう言って、あははと楽しそうに笑みを漏らした。
わたしはそんな三人の呑気な様子に、思わずぽかんと口を開く。
まったく焦る様子もなく、この状況を、まるで大したことではないように笑い飛ばせる三人に、ひとり焦っている自分が変に馬鹿らしく思えて仕方がなかった。
その時だった。
「――アオイ! アオイ!」
聞き覚えのある声が、わたしの耳に聞こえてきた。
「アオイ? 聞こえる? 聞こえたら返事して!」
それは、わたしの大切な友達、ユキの声だった。
「ユキ?」
周囲を見回してみたけれど、どこにもユキの姿は見当たらない。
「よかった、聞こえた」
けれど、その声ははっきりとわたしの耳に聞こえてきて。
「……なに? どうしたの?」
榎先輩がきょとんとした様子でわたしに視線を向けてきて、
「どうかしましたか? 何か聞こえましたか?」
楸先輩もシモハライ先輩も、同じように首を傾げる。
「え? 聞こえないんですか? ユキの声」
三人は顔を見合わせ、互いに首を横に振る。
え? じゃぁ、これは幻聴? 気のせい?
なんて思っていると、
「アオイ、聞いて。アリスさんからもらった白い羽があるでしょう? たぶん、榎先輩もシモハライ先輩も、あと楸先輩も同じものを持っているはず」
「え? これ?」
言われてわたしはポケットを探り、アリスさんからもらった羽を取り出す。
それを見て、榎先輩もシモハライ先輩も、同じくポケットから白い羽を取り出した。
「え? なんですかそれ、なんですか?」
三枚の羽を見ていた楸先輩だったけれども、彼女も慌てたようにポケットを探ると、
「あ、私も持ってました!」
すっとその羽を取り出した。
「いったい、いつの間に持っていたんでしょうか……?」
まじまじと羽を見つめ小首を傾げる楸先輩。
そして四枚の羽がそろったとき、それらはふわりふわりとわたしたちの頭上に勝手に浮かび上がり、やがて眩しいくらいの光を発しながら一つにまとまると、そこに現れたのは、白く輝く小さくて綺麗な小鳥だった。
「こ、これ――」
榎先輩がぱちぱちと目を瞬かせて、
「あ、これ、アリスさんの」
と口にしたのは楸先輩だった。
白い鳥はパタパタと翼を羽ばたかせて、しばらくぐるぐると頭上を回っていいたのだけれど、やがて何かに気づいたように、わたしたちに背を向けて飛び去って行こうとする。
「――アオイ、その鳥を追いかけて!」
「え? ええ?」
と戸惑うわたしに、
「……追いかけましょう、アオイさん」
楸先輩は急にわたしの腕をつかんで、白い鳥の方へ駆け出した。
「え? あ、はい!」
わたしたち四人は、先を飛ぶ白い鳥を追って駆け出して、そして――