テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
すかいお~あ@毎日投稿&猫化?
けだま15号🍓🐾໊
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
教会の書庫は、奥まったところにあった。扉は低く、開けると冷たい空気が流れ出る。
埃の匂いがした。
古い紙の匂いでもあった。
神父が燭台を置き、火を灯す。
「整理されているとは言えませんが……」
それだけ言って、棚を指した。
ホームズは何も言わず、背後に立った。
私は手近な束を取り、紐を解いた。
紙は脆く、指先に軽く触れるだけで音を立てた。
記録だった。
日付。
名。
短い記述。
私は一枚を引き抜いた。
ところどころが欠けている。
水に触れたのか、文字が滲んでいた。
私は声に出さず、目で追った。
⸻
【教会記録(抜粋・不完全)】
対象者:女性 一名
名:カースティ(姓不明)
———
当該人物は、村内において不穏な言動を示し、
住民の不安を招いたとされる。
———
複数の証言あり。
(記録欠落)
———
夜半、川辺にて——
(判読不能)
———
名を呼ぶ声があったとの報告。
———
その後、所在不明。
———
(以下、欠落)
⸻
私は、しばらくその頁を見ていた。
欠けている。
だが、欠けているにもかかわらず、
何かだけは、はっきりと残っている。
夜。
川。
声。
私は頁をめくった。
別の記録だった。
だが、同じように途切れている。
同じ言葉が、繰り返されている。
私は手を止めた。
「……ホームズ」
呼びかけたが、返事はなかった。
振り返る。
ホームズは、窓の方を見ていた。
外は暗く、何も見えないはずだった。
それでも、動かない。
私は再び記録に目を落とした。
インクの滲みが、波のように広がっている。
水に触れた跡。
その形が、妙に規則的に見えた。
私は指を離した。
紙は、わずかに揺れた。
その時、扉の外で音がした。
小さな、擦れるような音。
誰かがいるのかもしれない。
あるいは、風か。
私は顔を上げた。
神父は気づかなかった。
ホームズも、動かなかった。
音は、すぐに消えた。
静けさが戻る。
私は、記録を閉じた。
指先に、冷たさだけが残っていた。