テラーノベル
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体育館の明かりはまだ明るく、しかし空気はひどく重たかった。最初に数人だった生徒は、瞬く間に十数人に膨れ上がり、遥を中心に輪を作った。誰も手を止めず、誰も抗わない――それが、制度としての“決まりごと”のように機能していた。
「ほら、動けよ。見てるぞ、みんな 」
「声出せよ。どんなのが出るか、みんなで聞きたい」
誰かが棒やボールを手に取り、無理やり身体にぶつける。膝や肘、背中、腕に加え、肩や腹を押し付けられ、耐えるしかない。痛みの感覚と羞恥が入り混じり、遥の思考は断片化する。
「お前の反応、面白すぎるんだよな。もっと見せろ」
言葉は刺さる刃となり、身体に当たる物は無数の衝撃として重なる。遥はかろうじて立っているだけで、動こうとすれば手足を押さえつけられ、声を出そうとすれば嗤いが跳ね返ってくる。自分がここに存在することそのものが、クラス全員の娯楽であり、憂さ晴らしだった。
視線はまんべんなく、逃げ場はない。誰かがボールを持ち上げるだけで、遥は自然に身をすくめ、呼吸は荒くなる。羞恥で顔が熱くなり、汗が頬を伝い、膝から力が抜けそうになる。
「ほら、もっと縮こまれ。お前のその“必死さ”が面白いんだよ」
小さな声が漏れた瞬間、周囲が一斉に嗤う。遥は泣きたくても泣けず、声も出せず、ただ身体の震えを抑えるだけだった。誰も手を貸さない。誰も止めない。それどころか、誰もがその様子を楽しみ、記録するように見つめていた。
時間の感覚も失い、痛みも羞恥も全てが一体化する。遥は自分の存在を、まるで透明な檻に閉じ込められたように感じた。ここでの“自分”はもう人間ではなく、笑いの対象であり、支配の標的であり、誰かの娯楽の一部に過ぎない。
最後に、誰かが棒を振りかざす音と共に、遥は身を固くして震え、膝を抱え込んだ。その小さな動きさえも、全員の嗤いを呼ぶ。体育館に充満した残酷な空気の中、遥はただ、存在していることの罪深さと無力さを噛み締めるしかなかった。
教室の空気はいつもより重く、遥は机の端に縮こまっていた。誰も触れてこないように、視界の端だけで周囲を伺う。だが、男子の一人が軽く肩を叩き、机を押す。音もなくぶつけられた筆箱が、遥の膝をかすめる。小さな衝撃だが、体の奥に拒絶感と羞恥が染み込む。
「また変な顔してる」と女子の囁き。すぐに全員の視線が集まり、笑いが漏れる。ノートに落書きされ、机の端に押し付けられた文字が、「キモい」「なんでここにいるの?」と繰り返す。誰も直接触れていないのに、視線の矢が身体を貫くようで、胸の奥がひりつく。
男子数人が後ろから椅子を蹴り、机をわざとぶつける。女子は口元に手をあてて嗤いながら、消しゴムを遥の腕に落とす。痛みと羞恥が入り混じり、彼の身体は無意識に硬直し、微かな吐息が漏れる。「……やっぱり俺、悪いんだ……」心の中で繰り返す言葉は、虐待の刷り込みをなぞるように重い。
誰かに反抗すれば、笑い声は一層鋭くなる。「お前、怒るともっとキモい」「もう出てけよ」と囁かれると、体が縮み、存在そのものを否定される感覚が増幅する。机に手を置きながらも、逃げることはできない。身体の動き一つ、視線への反応一つが笑いと嘲弄の種になる。
昼休みの終わり、遥は背筋を丸めたまま座り、微かに震える手を握りしめた。誰かの悪意も、無関心も、嘲笑も、すべてが自分の価値を否定する鎖となり、教室全体の空気が彼を締め上げる。声を出すことも許されず、体の小さな反応だけが他者の娯楽として晒される。幼少期からの虐待の記憶が重なり、精神も身体も地獄のように支配されていた。
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