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オスカーと私の結婚式。彼と生き残る道筋を模索し努力してきた私に突きつけられたのは残酷な事実だった。
私が愛し尽くして来た男は、私が精神と体力を削ぎながら動き回っている間に他の女を抱いていた。それだけでも鳥肌が立つのに、その浮気を私のせいにしている。
もう認めるしかない、私の愛した男は回帰前に断頭台で死んだのだ。
今、目の前でガウン姿で私に手を広げている男は、尽くす価値もないゴミ。
『離婚してください。オスカー・アベラルド』
私の言葉にオスカーが体を振るわせ真っ青になる。
八年も婚約していた私と別れたら体裁が悪いからだろう。貧乏王国の中でも豊かなヘッドリー家の支援を受けられなくなるのが痛手だとでも考えているのかもしれない。
呆然とするオスカーの腕を力の限り強く握り、扉を開き外へ追い出す。
扉の前で護衛していた騎士に笑顔で伝えてやった。
「初夜の儀は致しません。私とオスカー王子殿下は離婚します」
鍵を閉めても外が騒がしい。オスカーが立場を忘れて癇癪を起こしているようだ。私は目を閉じ、耳を閉じ、心を閉じた。オスカーと私は政略的婚約だったが、お互い恋をして愛し合っていた。しかし、私たちの絆は恋や愛だけで結ばれていた訳ではない。土台にあった信頼関係は薄い氷でできていたようだ。足元から崩れ落ちるような感覚と共に海で溺れるような息苦しさが襲ってくる。
ふと、窓から差し込む月明かりに照らされた花瓶に刺された二本の薔薇が目に入った。
───『この世界にはあなたと私二人だけ』
親や周囲からの過剰な期待を受け、政略的に繋がれそうになった私たち。お互い一目惚れをしたものの、同時に周囲の意向に反発したい気持ちもあった。そんな中で手を取り合い。世界に二人だけが知っている葛藤と気持ちを分け合っていたと信じていた。
「馬鹿みたい。私、本当に馬鹿みたい」
賢い気でいたけれど、私は本当に愚かな女。回帰前に国の九割を占める平民から殺意を抱く程嫌われていた事にさえ気が付かなかった。
何度生まれ変わっても、思い合ってると思っていた男は他の女との間に子供を作っている。
月明かりを頼りに、鏡台の引き出しを開く。
中にはアレキサンドライトのアンクレット。
友人であるフレデリックが助けて欲しい時につけて欲しいといったものだ。
私はそっとそれを足首につけて、ベッドに潜り込んだ。
ただのお守りのようなものに、どんな期待をしているのか自分でも笑いそうになる。フレデリックは友人として明日の結婚披露宴にも参加してくれるが、アンクレットが見えたところで何もしないだろう。
泣き疲れて眠りに落ちて、私は笑い者になるような結婚披露宴の入場扉の前にいた。気がつけば要るべき場所にいてしまうのは責任感ゆえだろう。誰がいつ私を着替えさせたかも、私には記憶にはない。
ぼんやりとした視界の中にオスカーがいた。
淡いラベンダーの礼服を着た彼が必死に何かを話している。
「怪盗が現れると予告があったけれど心配はないよ。警備は万全にしている」
何を言っているのだろう。この貧しい国に奪うものなど何もない。
唯一、奪われたものがあるとしたら私の尊厳だ。愛し尽くして守りたいと思った男の裏切り。この屈辱は一生忘れない。各国の要人を招いた披露宴だから、私が行儀良く彼のパートナーを務めると思ったら大間違いだ。
「オギャー、オギャー」
赤ちゃんの泣き声を聞くのはレナルドが生まれて以来だ。
「オスカー様」
「⋯⋯カロリーヌ」
オスカーの視線の先には空色の長い髪にアクアマリンの瞳をした女がいる。彼女はオスカーと同じアメジストの瞳の赤子を抱いていた。
「カロリーヌ・ダミエと申します。シェリル様、今後ともよろしくお願いします」
赤子に手を煩いながらも、私に会釈してくる二十代半ばくらいの女。口元の黒子が印象的な彼女はオスカーと揃いで作ったような淡いラベンダーのドレスを着ていた。『真実の愛』の象徴でもあるアメジストがまぶされた華やかなドレスは新しく仕立てたものだろう。
私のドレスもラベンダー色をしているが、王妃殿下が婚前に着ていたもので昔の流行の型で色も濃いめだ。ダミエという姓に少しだけ見覚えがあり記憶を辿る。ダミエ男爵は王妃の出身であるメリモア公爵家の縁戚だ。ドレスは王妃殿下か、オスカーからのプレゼントだろう。昨晩、出産したばかりだというのに披露宴に生まれたばかりの子とドレスアップして出席するエネルギッシュな方だ。
「カロリーヌ様、初めましてですね。美しいアメジストの瞳をした可愛い子ですね。申し訳ありませんが、私と貴方は今後関わる事はないと思いますわ。オスカー王子殿下の妻と跡取り、私は不要ではありませんか」
オスカーとカロリーヌを代わるがわる見ながら私は微笑んだ。
「オギャー! オギャー!」
愛らしい存在であるはずの赤子の声に心が押し潰されそうだ。回帰前、毎晩のようにオスカーは私を狂ったように抱いた。それは私に一向に子ができなかったからだ。王族に輿入れするチャンスだと周囲の貴族は度々、側室の話題を貴族会議で出した。オスカーは毎晩子作りに励み、子ができない事で私が蔑まれないよう寵愛を示すように私を最高級の品で着飾った。今思えばそんな事に注視していたから、国民が決起するのにギリギリまで気が付けなかったと言える。
(私が不妊だったから、子ができなかったのか⋯⋯)
私とオスカーは固い約束をしていた。
───『この世界にはあなたと私二人だけ』
分かり合える二人でこれからどんな荒波も乗り越えていくことを誓い合った。だから、どれだけ圧力があってもオスカーは側室を娶らなかった。
オスカーが尽くし愛したのは回帰前の私。私も眼前の裏切り者にはもう何の気持ちもない。むしろ、深い愛が一瞬にして憎しみに変わったように、オスカーが恨めしい。
「シェリル、話をしよう。僕には君だけだ」
私に手を伸ばそうとしてくる彼の手を思い切り引っ叩く。今更何を言っているのだろう。私に気持ちなんて無い癖に利用してこようとする最低な男。大嫌いだ。
「穢らわしい。二度と私に触れないで」
絶望したようなオスカーの顔に呆れた瞬間、辺りが真っ暗になった。
カシャン、複数の窓が割れる音が聞こえる。
ふと誰かに抱えられた。ふわっと体が持ち上がる。芳香なブゼア調の香りに心が落ち着く。
───彼が私を助けに来てくれた!