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オルブライト家の広々とした馬車の中、私はカイゼルの隣に座っていた。
我が家を出発してからのカイゼルは無口だった。いや、無口なのは普段からだから、今さら気にするようなことではないのだが、どことなく彼の全身に緊張という膜が張られているような気がした。
今回のようなパーティへの参加が、彼にとっても久しぶりだからかもしれないと、その理由を推測したが、今夜のパートナーに私を指名したのはカイゼルなのだ。兄様からも念を押すようにして頼まれた私のエスコート役でもあるのだから、その固い表情をせめてもう少し、柔らかなものにしてもらいたい。
「ねぇ、カイゼル。その顔、なんとかならないの?」
私とカイゼルの正面には、私の侍女のルイーズと、カイゼルの従者であるニコラスが座っているが、二人が同時に息を飲む気配がした。私のずけずけとした物言いに驚いたというよりも、笑いを堪えているといった風だ。
「なんとか、とは?」
真面目な顔で答えるカイゼルに私は呆れる。
「だから、もう少し笑顔を作ったら、ってことよ」
ニコラスがカイゼルに助け舟を出すかの如く、主人とは正反対の明るさで私に詫びる。
「レジーナ様、申し訳ございません。今夜のカイゼル様は、いつになく緊張を……」
「ニコ!」
カイゼルは慌てた様子でニコラスの言葉を遮った。
私はなるほどと納得する。
「意外だけど、カイゼルも緊張しているのね。もしかして、私と同じく、あなたも社交パーティに出るのは、とても久しぶりだったりするのかしら。でも、そうよねぇ。大概の社交パーティは王室主催で開かれることが多いから、近衛である私たちが、客としてそういった場に参加するってことはあまりないのよね。護衛だとか会場警備に当たることになるもの」
「ま、まぁ、そういうことだ。仕事の時はそんなことはないが、自分が参加する立場となると話は違う。色々と面倒で、パーティという場は苦手なんだ」
多少は緊張が緩んできたのか、カイゼルの言葉数が増えた。
「私も苦手だわ。社交パーティには、これまで一、二度ほど参加したけれど、御令嬢方同士の駆け引きのような会話がどうもね……。以来、仕事にかこつけて、パーティという場は避けてきたのよね。もちろん、自分の誕生会は別だけど。だから、勝負に負けた私を今回の夜会に引っ張り出したのは、ある意味正解だったかもしれないわね」
苦笑しながら話しているうちに、ある矛盾にふと気づく。
「あら?でもそうしたら、どうして今回、私をパートナーに指名したの?パーティは苦手なんでしょ?カイゼルは賭けに勝った側なんだから、わざわざ自分の苦手な場に赴く必要はなかったじゃない」
「そ、それはだな……」
カイゼルは言葉を濁した。
「それは?」
私は彼が理由を口にするのを待った。けれど、彼はなかなかその先を言わない。次第に、彼をからかいたい気持ちが大きくなる。
「あ!もしかして、美しい私のドレス姿を見たかったから、とか?」
間髪入れずに否定の言葉が返ってくると思っていた。ところが、カイゼルは黙りこんでしまった。
その反応は予想外で、私までもが戸惑い、言葉を失ってしまう。
馬車内に気まずい空気が流れ、このまま会場に向かうことになりそうだと思った時、その空気を破ってルイーズが明るい声で話し始めた。
「侯爵家の皆様、そして私たち使用人みんな、お嬢様のドレス姿をずっと見たいと思っていましたわ。だから今回、お嬢様がとっても久しぶりにパーティに参加されると聞いた時は、待ちに待った日がようやく訪れたと皆嬉しくて、お仕度にも気合が入りました!それにしても、ホールでお待ちになっていたカイゼル様のお姿を拝見した時、私、とても驚いたのです。なぜって、お二人の装いが、まるで示し合わせたかのようだったんですもの。それがまたとってもお似合いで、感動すら覚えました!今夜は他のどなたも、お二人の間には入り込めませんわね。ねぇ、ニコラス。今日のお嬢様は、いつにも増してお美しいでしょう?」
ルイーズの言葉は、いったいどこで息つぎをしたのか分からないほど滑らかだった。
呆気に取られている私とカイゼルの前で、ニコラスはそれに逐一丁寧に頷き、時折は相槌を打っていた。話し終えたルイーズの後を引き取って、目を輝かせてうっとりとした様子で続ける。
「本当に今日のレジーナ様はお美しくて、まるで月の女神と見紛うようですね!王宮内で度々拝見する騎士服姿も本当に凛々しくて、見惚れてしまうほどですが、やっぱりドレス姿には敵いませんね!金の髪と碧の瞳にとてもよく映えます!カイゼル様も、そうお思いになりますよね?」
ニコラスは身を乗り出すほどの勢いで、カイゼルに同意を求めた。
しかし、カイゼルは言葉を詰まらせ、目を泳がせている。
お世辞でも頷いておけばいいのにと、カイゼルの不器用さに苦笑している私の耳に、なおも私を褒めちぎるルイーズとニコラスの声が入ってくる。
大げさなほどの二人の絶賛に、私の恥ずかしさが限界寸前となった時、ニコラスがカイゼルに対して再度、ドレス姿の私に対する賞賛の言葉を促した。
ついにニコラスに降参したのか、ようやくカイゼルはその立派な体躯に似合わない小声で、ぼそりとつぶやくように言った。
「綺麗だ……」
瑠璃マリコ
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管野アリオ
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臣桜
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#ハッピーエンド
Tubling
372
彼の耳の辺りが赤くなっているところを見ると、決して心にないことを言ったわけではなさそうだ。そうと気づいた途端、急に落ち着かなくなり、彼に礼を告げる私の声は小さくなった。
「あ、ありがとう……」
「い、いや……」
カイゼルは照れ臭さをごまかすかのように咳ばらいをした後、窓の外に目を向けて、馬車が王城に近づいていることを告げる。
「間もなく着くな」
「そ、そうね」
相槌を打った後、私もまたカイゼルが見ている方とは反対の窓の外に目をやった。そのまま外の景色を眺めながら、心の中で自分に言い聞かせ始める。
心臓がひどく小さいながらもはっきりと脈打っているのは、久しぶりに貴族令嬢としてパーティに参加することに対して緊張しているせいだ、と。